【企業分析マスター講座 第5回】安全性分析:自己資本比率と流動比率で、企業の「守りの硬さ」を徹底解剖

皆さん、こんにちは。

これまでの講座で、企業の「稼ぐ力(利益)」「効率性(ROE/ROA)」「お金の流れ(キャッシュ・フロー)」といった、いわば企業の「攻撃力」を見てきました。しかし、こんな不安を感じたことはありませんか?「いくら攻撃力が高くても、突然の不景気やパンデミックのような危機が訪れたら、一瞬で倒れてしまうのではないか?」と。

その通りです。実は、多くの投資家が「どれだけ儲かるか」という攻撃面ばかりに目を奪われ、企業の「守りの硬さ」、つまり財務的な安全性(ディフェンス力)のチェックを怠ってしまっているのです。その結果、好景気の時は絶好調だったはずのポートフォリオが、たった一度の経済ショックで壊滅的なダメージを受けてしまう…これは絶対に避けたい未来ですよね。

しかし、ご安心ください。この記事を読み終える頃には、あなたも「自己資本比率」と「流動比率」という2つの強力な盾(たて)を使いこなし、プロと同じ視点で企業の「長期的な耐久力」と「短期的な支払い能力」を完璧に見抜き、どんな嵐にも耐えうる頑丈な企業を見極める「眼」を手に入れているでしょう。

本論:企業の「守りの硬さ」を測る2つの盾

企業の「守りの硬さ」を測る時、私たちは2つの異なる時間軸で評価する必要があります。それは、「長期間耐えられるか(長期的な耐久力)」と、「今、この瞬間を乗り切れるか(短期的な支払い能力)」です。

理論解説パート①:自己資本比率 = 企業の「城壁の厚さ」

まず、企業の長期的な耐久力を示す指標が**「自己資本比率」**です。これは第2回でも触れましたが、安全性分析において最も重要な指標なので、しっかり復習しましょう。

  • 一言でいうと?: 会社が持つ全ての財産(総資産)のうち、どれだけを「返済不要な自分のお金(自己資本)」で賄っているかを示す割合です。
  • 計算式: $自己資本比率 (\%) = \frac{\text{純資産}}{\text{総資産}} \times 100$
  • 比喩: 企業の「城壁の厚さ」や「家の購入時の頭金の割合」です。この比率が高いほど、借金(負債)に頼らない健全な経営をしている証拠であり、不景気で利益が減っても、借金の返済に追われてすぐに倒産するような危険性が低い、頑丈な城(企業)だと言えます。
  • 専門家の視点: 多くの賢明な長期投資家は、この比率の高さを非常に重視します。一般的な製造業などでは40%以上あれば優良とされますが、重要なのは「業種平均と比べてどうか?」という視点です。私たちが前回見たように、業種によって「理想的な壁の厚さ」は全く異なるのです。

理論解説パート②:流動比率 = 企業の「財布の中身」

次に、企業の短期的な支払い能力を示す指標が**「流動比率」**です。これは、安全性分析において自己資本比率と必ずセットで見るべき、非常に重要な指標です。

  • 一言でいうと?: 「1年以内に支払わなければならない借金(流動負債)」に対して、「1年以内に現金化できる財産(流動資産)」をどれだけ持っているかを示す割合です。
  • 計算式: $流動比率 (\%) = \frac{\text{流動資産}}{\text{流動負債}} \times 100$
  • 比喩: あなたの「財布の中身」です。「流動負債」が今月支払うべきクレジットカードの請求額だとすれば、「流動資産」はあなたの財布に入っている現金や、すぐに換金できる商品券などです。
  • 専門家の視点: もし流動比率が100%なら、財布の中身と請求額がピッタリ同じということで、非常に危険です。もし100%を下回っていたら、それは「黒字倒産」の赤信号です。一般的に**150%〜200%**もあれば、短期的な支払いで困ることはまずない、安全な状態と言えます。
  • ここが重要!: これはプロの間では常識ですが、自己資本比率(城壁)がいくら厚くても、流動比率(財布の中身)が低ければ、明日の兵糧(給料の支払いや仕入れ代金)が尽きて倒産するリスクがあります。両方をチェックして初めて、企業の「守りの硬さ」は完璧に診断できるのです。

実践分析パート:イオン株式会社の「守りの硬さ」を徹底解剖

それでは、イオン株式会社の「城壁」と「財布」がどれほど頑丈か、その「守りの硬さ」を診断していきましょう。

決算短信(貸借対照表)から、必要な数値を集めてきます。

  • 総資産: 14兆4,988億87百万円 1
  • 純資産: 2兆178億31百万円 2
  • 自己資本比率 (全体): 8.3% 3
  • 自己資本比率 (金融を除く): 15.8% 4
  • 流動資産: 9兆2,519億90百万円 5
  • 流動負債: 9兆1,207億87百万円 6

これらの数値を使って、安全性を分析します。

イオン株式会社の安全性分析

項目計算式結果評価
自己資本比率 (長期的な耐久力)$\frac{2,017,831百万円}{14,498,887百万円} \times 100$8.3% 7注意 (※金融事業の特性)
流動比率 (短期的な支払い能力)$\frac{9,251,990百万円}{9,120,787百万円} \times 100$101.4%非常に注意が必要?

(出典:イオン株式会社 2026年2月期 第2四半期(中間期)決算短信〔日本基準〕(連結))

【分析①】城壁(自己資本比率)は、やはり薄い

まず「城壁の厚さ」である自己資本比率です。これは第2回でも分析した通り、8.3% 8 と、一般的な基準から見れば非常に低い(薄い)水準です。

しかし、私たちはもうこの数字の裏側にある物語を知っていますよね。これは、イオンが銀行(総合金融事業)を抱えており、お客さまからの「預金(他人資本=負債)」を大量に集めているビジネスモデルだからです 9。金融を除いた比率(15.8% 10)を見ても、小売業として高いレバレッジ(てこの原理)を効かせた戦略を取っていることが分かります。

【分析②】財布(流動比率)が101.4%という衝撃

次に、短期的な支払い能力である「財布の中身」、流動比率を見てみましょう。結果は**101.4%**です。

これは衝撃的な数字だと思いませんか?安全の目安である150%を遥かに下回り、ほぼ100%。「今月支払うべき請求額(9.12兆円)に対して、財布の中身(9.25兆円)がほぼ同額」という、綱渡りのような状態に見えます。これだけを見ると、「イオンは来月の支払いに困るかもしれない、危険な会社だ」と判断してしまいそうです。

【分析③】数字の裏側にある「金融事業」というカラクリ

しかし、ここで思考停止してはいけません。自己資本比率の分析で使った「金融事業」という視点を、ここでも適用してみましょう。

流動負債(1年以内の支払い)の9.12兆円のうち、最大の項目は何でしょうか?

それは**「銀行業における預金」で、なんと5.5兆円** 11 もあります。これは、イオン銀行のお客さまが預けている普通預金などです。

一方で、流動資産(1年以内の現金化)の9.25兆円には何が含まれているでしょうか?

「現金及び預金」が1.36兆円 12「銀行業における貸出金」が3.05兆円 13 などが含まれています。

もうお分かりですね。銀行のビジネスとは、そもそもお客さまから「短期の負債(預金)」で資金を集め、それを「短期の資産(貸出金)」で運用することです。そのため、銀行業のバランスシートは、構造的に流動資産と流動負債がほぼイコール(流動比率が100%に近い)になるのが自然な姿なのです。

つまり、この101.4%という低い流動比率は、小売業としてのイオンが危険だというサインではなく、連結決算に金融事業が含まれているがゆえの「見かけ上の数字」に過ぎないのです。

小売業としてのイオンの短期的な安全性は、むしろ第3回で見た「営業キャッシュ・フロー(本業で稼いだ現金)」がプラス8,162億円 14 もあることから、極めて健全であると判断できます。城壁は薄く見えても、城の中には絶え間なく現金(兵糧)が運び込まれている、非常に強力な体制が敷かれているのです。

まとめ:今日からあなたも「守りの硬さ」を見抜ける

本日の冒険で、企業の「守りの硬さ」を測る2つの盾(たて)を手に入れました。数字の表面だけを見て「危険だ!」と早合点するのではなく、その裏にあるビジネスモデルの特性まで読み解く。これができるかどうかで、投資家のレベルは格段に変わってきます。

【本日の冒険のまとめ】

  • 企業の「守りの硬さ」は、**自己資本比率(長期的な耐久力=城壁)流動比率(短期的な支払い能力=財布)**の2つで測る。
  • 流動比率は150%以上が目安。100%を割ると「黒字倒産」の危険信号。
  • イオンの自己資本比率(8.3%)と流動比率(101.4%)は、どちらも極めて低く見える 15。しかし、これは連結内の金融事業(銀行)の特性を反映した「見かけ上の数字」であり、本業の強力なキャッシュ・フロー 16 を見れば、安全性に問題はないと判断できる。

それでは、恒例の「ベビーステップ」です。今日の課題も簡単です。

【本日の課題】あなたが前回ROEを調べた、お気に入りの企業の名前で「〇〇株式会社 流動比率」と検索してみてください。そして、出てきた数字が150%と比べて高いか、低いか。それだけを確認してみましょう!

その数字が100%に近かったら、なぜそうなのか、ビジネスモデルを想像してみるのも面白いかもしれませんね。

投資判断

イオン株式会社への投資判断は、引き続き**「7/10」**を維持します。今回の安全性分析では、一見すると非常に危険に見える財務指標(低い自己資本比率と低い流動比率)が、金融事業と小売業の複合体というビジネスモデルの特性に起因するものであることを確認できました。本業で生み出す圧倒的な営業キャッシュ・フロー 17 が、この高レバレッジ構造を支える「真の安全弁」として機能していると判断します。

次回予告

さて、私たちはついに企業の「稼ぐ力(P/L)」「体力(B/S)」「お金の流れ(C/F)」「効率性(ROE/ROA)」「守りの硬さ(安全性分析)」という、財務分析の5大テーマを全てマスターしました。

しかし、これらは全て「過去」から「現在」の姿を分析したものです。私たち投資家が本当に知りたいのは、その企業の**「未来」**ではないでしょうか?次回、ついに未来予測の領域に踏み込みます。

【成長性分析】売上高と利益の伸び率から、企業の未来のポテンシャルを予測する。お楽しみに。


免責事項

本記事は、企業分析に関する情報提供を目的としており、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。株式投資は、元本を割り込むリスクを伴います。投資に関する最終的な決定は、ご自身の判断と責任において行われますようお願い申し上げます。本記事の情報に基づいて生じたいかなる損害についても、筆者および関係者は一切の責任を負いません。

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