
こんにちは、あなたの投資学習パートナー、makoです。
これまでの8回の冒険で、私たちは信越化学工業が「経営の教科書」に載るような、ほぼ完璧な企業であることを知りました。 「財務は鉄壁」「現金力は黄金パターン」「ROEは超高効率」「株主還元は賢明な王」「成長戦略は合理的」…
しかし、投資の神様ウォーレン・バフェット氏の有名な言葉があります。 「素晴らしい企業を、そこそこの価格で買うことは、そこそこの企業を、素晴らしい価格で買うことより、はるかに良い」
私たちは「素晴らしい企業」であることは知りました。 しかし、最後の、そして最も重要な問いが残っています。 「その『素晴らしい企業』は、今、いくらで売られているのか?」
もし「100万円の価値があるダイヤモンド」が「300万円」で売られているなら、それは「買うべきではない」のです。
この記事を読み終える頃には、あなたも「PER」と「PBR」という2つの「値札」を使いこなし、私たちが分析してきた信越化学が「お買い得(割安)」なのか、それとも「高すぎる(割高)」なのかを、プロと同じ視点で見抜けるようになっているでしょう。
投資の基本①:「PER(株価収益率)」とは何か?
- 計算式:
PER (倍) = 株価 ÷ 1株当たり純利益(EPS) - 意味:「その会社の株価が、1年間の『利益(EPS)』の何倍まで買われているか」
- 例え:「企業の人気投票」であり、「投資の元本回収期間」です。
- 2つの会社が、どちらも1株あたり100円の利益(EPS)を上げたとします。
- A社の株価:1,500円 → PER 15倍(投資を回収するのに15年分の利益が必要)
- B社の株価:3,000円 → PER 30倍(投資を回収するのに30年分の利益が必要)
- 解釈:
- A社は「まあ、普通だね」と評価され、15年分の利益で買われています。
- B社は「すごい未来があるに違いない!(=高い成長性)」と期待され、30年分の利益で買われています。
投資の基本②:「PBR(株価純資産倍率)」とは何か?
- 計算式:
PBR (倍) = 株価 ÷ 1株当たり純資産(BPS) - 意味:「その会社の株価が、1株あたりの『解散価値(BPS)』の何倍まで買われているか」
- 例え:「企業の純資産(=解散価値)の値札」です。
- 会社が今すぐ解散し、全資産を売り、全借金を返した後に、株主の手元に残る「本当の価値」がBPSです。
- PBR 1.0倍:株価が「解散価値」とピッタリ同じ。
- PBR 0.5倍:株価が「解散価値」の半額。(=市場が「この会社は、事業を続けるより、今すぐ解散した方がマシだ」と評価している状態)
- PBR 2.0倍:株価が「解散価値」の2倍。(=市場が「この会社は、解散するなんてもったいない!未来に2倍の価値を生み出す!」と評価している状態)
【makoの深掘りファクトチェック】PER・PBRの「目安」の根拠は何か?
ここで、あなたが私に投げかけてくれた「本質的な疑問」に、真正面からお答えします。 「makoさん、PERが10年~30年とか、PBRが1倍とか2倍とか、その『目安』の根拠は一体何なのですか?」
この「なぜ?」こそ、投資家が「雰囲気」から「論理」へ脱却するための鍵です。
【根拠①】なぜPERの「平均」は15倍前後なのか? → 「株主の期待リターン」の裏返し
- 問い:あなたはなぜ、安全な「銀行預金(金利0%)」や「国債(金利1%)」ではなく、わざわざ元本割れのリスクを取って「株式投資」をするのですか?
- 答え:それは、国債よりも「高いリターン(利回り)」を**期待(要求)**しているからですよね。
- 事実:
- まず、リスクゼロの「安全なリターン(例:10年国債の金利)」があります。仮にこれを**2%**とします。
- 次に、株主は「株価が暴落するかもしれない」というリスクを取る見返りとして、「リスク・プレミアム(上乗せリターン)」を要求します。歴史的に、これを**5%~6%**と見る専門家が多いです。
- 結論: 投資家が株式に要求する「最低限の期待リターン(=株主資本コスト)」は、「2% + 6% = 8%」となります。
- PERとの関係: PERとは、「株価 ÷ 利益」でした。その「逆数(逆の数字)」である「利益 ÷ 株価」は、「株式益利回り(Earnings Yield)」と呼ばれます。 もし、投資家が最低「8%」のリターンを要求するなら、その逆数である「1 ÷ 8%(0.08)」= 12.5倍 が、PERの「理論上の妥当な平均値」となります。(もし7%なら 1 / 0.07 = 14.3倍 です)
- だから: PER 15倍というのは、「なんとなく」ではなく、**「投資家が歴史的に要求してきた期待リターンの、平均的な逆数」**なのです。 PER 30倍が「高い」のは、その逆数である「3.3%」の利回りしかなく、投資家が要求する「8%」を大きく下回るからです。これが許容されるのは、「未来の爆発的な成長(G)」が期待されるIT企業などに限られます。
【根拠②】なぜPBR 2倍は「高い」と感じるのか? → 「ROE(稼ぐ効率)」が判断材料
- 問い:PBR 1倍は「解散価値」だと。では、なぜ市場はPBR 2倍(解散価値の2倍)という「高い」値札をつけるのですか? その判断材料は?
- 答え:その「判断材料」こそ、私たちが第5回で学んだ「ROE(自己資本利益率)」です。
- 事実: PBRとは「株価 ÷ BPS(純資産)」でした。 ROEとは「利益(EPS) ÷ BPS(純資産)」でしたね。 会社の「値札(PBR)」とは、その会社が「資産(BPS)を、どれだけ効率よく使って(ROE)、利益(EPS)を生み出しているか」を、市場が「人気(PER)」で評価した結果なのです。
- 魔法の公式: この3つの指標には、
PBR = ROE × PERという、数学的な関係が成り立ちます(※伊藤の公式とも呼ばれます)。 - 結論: なぜPBR 2倍が「高い」と感じるのか? それは、PBR 1倍(=解散価値)を「基準」として見ているからです。 しかし、投資家が見るべき「基準」は、PBR 1倍ではありません。**「ROE(稼ぐ効率)」**です。
- A社:ROE 5%(非効率な会社) × PER 15倍(普通の人気) = PBR 0.75倍
- B社:ROE 15%(超効率な会社) × PER 15倍(普通の人気) = PBR 2.25倍
実践分析:信越化学の「値札」を鑑定する
前置きが長くなりました。この「プロのメジャー」を持って、信越化学の「値札」を鑑定しましょう。 データは、決算短信が発表された「2025年10月24日」を基準にします。
【データ収集】
- 株価 (Price):
- 2025年10月24日の終値は 4,892円 でした。
- EPS (1株当たり純利益):
- 決算短信P.1 の「2026年3月期(予想)」は 250.00円 です。
- BPS (1株当たり純資産):
- 決算短信P.1 の「2026年3月期中間期」の数字は 2,251.21円 です。
【値札の計算】
1. PER (人気投票) = 4,892円 ÷ 250.00円 = 19.57倍 2. PBR (解散価値) = 4,892円 ÷ 2,251.21円 = 2.17倍
【この数字が語る「物語」】
さあ、鑑定結果が出ました。 「PER 19.57倍」「PBR 2.17倍」。 どちらも、平均(PER 15倍, PBR 1倍)と比べると、明らかに「高い(割高)」ように見えます。
もし私たちが初心者なら、「財務は完璧だけど、高すぎるから“売り”だ」と結論付けてしまうでしょう。 しかし、これまでの冒険を生き抜いた私たちは、この数字の裏に隠された「2つの巨大な罠」を知っています。
1. PER 19.57倍 → 「シクリカル(景気循環)の罠」
- 事実:PER 19.57倍は、一見すると「割高」です。
- なぜか?:それは、計算式の「分母」であるEPS(利益)が、第1回で分析した通り「不況の底」にいるからです。
- 致命的な罠:景気循環株(シクリカル株)は、
- 不況の底(利益が最小)の時 → PERが最高(=割高に見える)
- 好況の頂点(利益が最大)の時 → PERが最低(=割安に見える)
- 物語:初心者は、「PERが最低(割安)」になった好況の頂点で買い、不況の底で「PERが最高(割高)」になったのを見て狼狽売りします。これは、投資家が破滅する典型的なパターンです。
- 結論:PER 19.57倍という「割高に見える」数字は、まさに今が「不況の底」であることの「証拠」です。市場は、今の250円という利益が「底」であり、第8回で見た「未来の成長(電子材料への投資)」によって、将来EPSが500円や600円に回復することを見越して、今の株価(4,892円)をつけているのです。
2. PBR 2.17倍 → 「高ROE(効率性)の証」
- 事実:PBR 2.17倍は、「解散価値」の2倍以上であり、「割高」に見えます。
- なぜか?:ここで、先ほどの「魔法の公式」を使いましょう。
PBR = ROE × PER- 第5回で計算した、信越化学の(不況下ですら)驚異的なROEは 11.6% (0.116) でした。
0.116 (ROE) × 19.57 (PER) = 2.27
- 物語:
- 信越化学のPBR(計算値)は 2.17倍。
- 「公式」が導き出した「理論上のPBR」は 2.27倍。
- 結論: ほぼ「完璧に一致」しました。 これは、信越化学のPBR 2.17倍が「割高」なのではなく、**「その高いROE(稼ぐ効率)と、景気の底を織り込んだPER(将来の期待)を考えれば、PBR 2.17倍は『当然』であり『妥当』である」**と市場が判断している「証拠」です。 私たちは、ボロボロの中古品(PBR 0.5倍)を買おうとしているのではありません。超高効率(ROE 11.6%)で未来の成長(PER 19.57倍)も期待される、最高級のブランド品(PBR 2.17倍)を買おうとしているのです。
まとめと次へのステップ
本日の冒険のまとめです。
- PERの「目安(15倍)」は、投資家が要求する「最低限のリターン(7-8%)」の逆数から来ている。
- PBR 2倍が「高い」と感じるのは「PBR 1倍(解散価値)」を基準にするから。しかし、本当の判断材料は「ROE(稼ぐ効率)」である。
- 高ROE企業は、高PBRが「当然」である。(PBR = ROE × PER)
- シクリカル株(景気循環株)のPERは「逆」に見る。PERが「高い」時は「不況の底(=買い場?)」であり、PERが「低い」時は「好況の頂点(=売り場?)」である。
- 信越化学のPER 19.57倍は「不況の底」を、PBR 2.17倍は「高いROE」を反映した「妥当な価格」であり、「割高」とは言えない。
これで、第3部「未来予測」の主要な分析が完了しました。
それでは、今日あなたに挑戦してほしい「ベビーステップ」です。 今日の課題は、たった一つ。あなたの好きな「ハイテク企業(例:キーエンス、など)」と、「老舗の銀行(例:大手銀行)」のPERとPBRを、2つ並べて見比べてみてください。 なぜ、こんなにも数字が違うのか? そこに「ROE」と「成長期待」の差が隠されていることに、気づけるはずです。
【makoの投資判断:10段階評価】(11/03 割安性分析を反映)
【 9 】(長期的視点での「強気買い」)
理由: 評価は「9」で据え置きです。今回の「割安性分析」は、私たちの「強気」という判断を、最後の最後で「確定」させるものとなりました。
「財務完璧、成長性もA+」という企業が、もし「PER 50倍、PBR 10倍」といった常軌を逸した「超割高(バブル)」な価格で売られていたら、私は評価を「5(中立)」まで引き下げていたでしょう。
しかし、分析の結果、今の株価(PER 19.57倍, PBR 2.17倍)は、「不況の底」と「高いROE」を織り込んだ、極めて「妥当」な水準であり、「割高」ではないことが判明しました。
「世界トップクラスの優良企業(A+)の株」を、「妥当(B+)な価格」で買える。 これは、ウォーレン・バフェット氏が最も好む、「素晴らしい企業を、そこそこの価格で買う」という投資の「王道」そのものです。 長期投資家にとって、これ以上ない「買い」のシグナルだと、自信を持って判断します。
【次回予告】 さて、私たちは信越化学が「財務完璧」で「成長性もA+」、そして「価格も妥当」であることを知りました。 もう買う理由は十分です。
しかし、本当のプロは、買う前に「最悪のシナリオ」を考えます。 「もし、信越化学が負けるとしたら、その相手は誰か?」 「第8回で見た『欠点』は、競合他社と比べてどうなのか?」
次回、第10回:【競合他G社比較分析】その企業の「強さ」は業界内で本物か? で、信越化学が戦う「戦場」のライバルたち(例:SUMCO、独Wackerなど)と数字を比較し、その「強さ」が本物かどうかを最終確認します。お楽しみに。

