
「この株、すごく下がってる! 買い時かな?」
そう思って買った直後に、その企業が倒産して株が紙切れに……。これは投資家にとって最悪の悪夢ですよね。
第1回では日産自動車の「赤字」というショッキングな結果を見ましたが、実は**「赤字=すぐ倒産」ではありません。** 過去に何年も赤字を出しながら生き残った企業はたくさんあります。
逆に、黒字でも手元の現金が尽きれば、企業は突然死します(黒字倒産)。
その企業の生死を分ける決定的な違いは何か? それは**「現金(キャッシュ)が尽きるかどうか」**、ただ一点です。
企業の「所持金」や「借金」、そして「倒産までの距離」を教えてくれる生存確認ツール。それが今回学ぶ**「貸借対照表(バランスシート、B/S)」**です。
前回、巨額の営業赤字が発覚した日産自動車。果たしてその財務基盤は、この嵐を耐えきれるほど頑丈なのでしょうか?
今回は、みなさんから寄せられた鋭い質問――**「他社と比べてどうなの?」「あと何年持つの?」**という疑問にも、電卓を叩いてズバリお答えします。
私makoと一緒に、日産の「金庫の中身」を徹底的に検分し、生存確率をジャッジしましょう!
1. 貸借対照表(B/S)は、企業の「健康診断書」
損益計算書(P/L)が「1年間の動画」なら、貸借対照表(B/S)は決算日時点の**「スナップ写真」**です。
左側に「持っているもの(資産)」、右側に「その資金の出どころ(負債・純資産)」が書かれています。
これを**「マイホームの購入」**に例えると一発で分かります。
- 右側(資金調達):
- 負債(他人資本): 銀行からの住宅ローン(いつか返済が必要)。
- 純資産(自己資本): 自分で用意した頭金(返済不要)。
- 左側(運用形態):
- 資産: 調達したお金で買った「家」や、手元に残った「現金」。
【投資家のチェックポイント】
プロが見るのは、「返さなくていいお金(純資産)」の割合です。
5000万円の家を買うのに、頭金が100万円(残り4900万円ローン)だったら、ちょっと金利が上がったり収入が減ったりしただけで破綻しますよね? これを**「自己資本比率が低い(財務が弱い)」**と言います。
逆に、頭金が4000万円なら、多少の不況でもビクともしません。
では、日産自動車という「巨大な家」の資金繰りはどうなっているのでしょうか?
2. 実践分析:日産自動車のB/Sを「ファクトチェック」
今回ご提供いただいた『2026年3月期 第1四半期決算短信』の**「(2) 連結財政状態」と「四半期連結貸借対照表」**の数字を抜き出し、並べてみましょう。
【日産自動車の「財布の中身」ハイライト】
| 項目 | 金額(百万円) | makoの翻訳 |
| 総資産(会社の規模) | 18,676,964 1 | 約18.6兆円。超巨大企業です。 |
| 純資産(自己資本など) | 5,240,487 2 | 返さなくていいお金は約5.2兆円。 |
| 自己資本比率 | 25.5% 3 | 総資産のうち、自分のお金は4分の1だけ。 |
| 現金及び預金 | 1,653,242 4 | 金庫には約1.6兆円の現金がある。 |
| 棚卸資産(在庫) | 1,658,248 5 | 売れ残った車や部品が約1.6兆円ある。 |
| 有利子負債(借金) | 約8.3兆円 (推計) | 銀行借入や社債などの借金総額(概算)。 |
(出典:日産自動車株式会社 2026年3月期 第1四半期決算短信 よりmakoが抜粋・合算。棚卸資産は「商品及び製品」「仕掛品」「原材料及び貯蔵品」の合計)
3. 深掘り検証①:1.6兆円の現金は「多い」のか「少ない」のか?
まず目に飛び込んでくるのは、「現金及び預金:1兆6,532億円」 6 という数字です。
「1.6兆円もあるの!? じゃあ当分潰れないね!」
そう思ったあなた。ここで冷静に**「他社比較」と「時系列分析」**をしてみましょう。
ライバルとの比較:実は「財布が薄い」
金額の大きさ(絶対額)ではなく、会社の規模に対する割合(対総資産比率)で比較すると、その差は歴然です。
- ホンダ: 現金比率 約16.6% (超・安全運転)
- トヨタ: 現金比率 約10.4% (盤石)
- 日産: 現金比率 約8.8% (ギリギリ)(※各社直近データより試算)
日産の8.8%という数字は、自動車メーカーとしては「何かあったらすぐに手元が苦しくなる」という、やや心許ない水準です。
恐怖の減少スピード
さらに怖いのは、現金の減り方です。
- 3月末の現金: 1兆9,615億円 7
- 今回の現金: 1兆6,532億円 8
なんと、たった3ヶ月で約3,000億円も現金が消えています。
営業赤字に加え、配当金の支払いや借金の返済などで、猛烈な勢いでお金が流出しているのです。
なぜ、これまで現金を多く持っていたのか?
「借金が8兆円もあるなら、返せばいいのに」と思いますよね? それでも現金を抱え込んでいた(ように見えた)のには、切実な理由があります。
- 「月商」の壁: 自動車メーカーは、部品の仕入れや給料で毎月巨額のお金が出ていきます。日産の月商は約9,000億円。最低でも月商の1〜2ヶ月分(1兆円〜1.8兆円)持っていないと、支払いが滞って黒字倒産するリスクがあります。今の1.6兆円は「余裕資金」ではなく**「運転資金ギリギリ」**なのです。
- 将来への投資: 本業で稼げない今、手元の貯金を切り崩してでもEV(電気自動車)開発への投資を続けなければ、未来がなくなるからです。
4. 深掘り検証②:「あと何年持つ?」余命の計算
ここが今回のハイライトです。短信の数字を使って、日産の**「資金枯渇までのタイムリミット(余命)」**を冷徹に計算してみましょう。
「出血スピード(バーンレート)」の算出
企業が自由に使えるお金の増減を示す「フリー・キャッシュ・フロー(FCF)」を見ます。
- 営業活動によるCF:△842億円 9
- 投資活動によるCF:△2,779億円 10
- 第1四半期のFCF合計: △3,621億円
たった3ヶ月で3,600億円が消えました。このペースが続くと、年間で約1兆4,500億円の現金が燃えてなくなります。
衝撃の計算結果
- 手持ちの現金: 約1.65兆円
- 最低限必要な運転資金: 約1.0兆円(月商1ヶ月分と仮定)
- 自由に使える余力: 残り約6,500億円
6,500億円(余力) \ 3,600億円(四半期の赤字) = 1.8ヶ月
お分かりでしょうか。
もし何の対策もしなければ、6月末の決算書の時点で**「あと半年以内に資金ショートを起こす寸前」**まで追い詰められていたのです。これが、B/Sが語る真実です。
5. 緊急輸血:「社債発行」の意味
「えっ、じゃあもう終わりなの?」
いいえ、そこで日産が打った手が、短信の最後にある**「重要な後発事象」** 11 に書かれています。
決算直後の2025年7月、日産はなりふり構わず動きました。
- 米ドル建て社債
- ユーロ建て社債
- 転換社債(CB)
これらを合計して、約8,500億円規模(為替レートによる概算)の資金調達を行いました 12121212。
これは、減ってしまった現金を補うための**「緊急輸血」**です。
延命効果はどれくらい?
この8,500億円を加えると、手元資金は約2.5兆円規模に回復します。
年間の出血スピード(1.45兆円)で割ると、「約1.7年」。
つまり、即死は免れましたが、「2026年〜2027年初頭」まで寿命が延びただけとも言えます。この1年半の間に本業を黒字化できなければ、また元の木阿弥です。
6. その他の重要チェックポイント
B/Sには、他にも気になる「爆弾」が埋まっています。
① 動かない「在庫の山」
売上高が10%近く減っているのに、**「棚卸資産(在庫)」**は1兆6,582億円もあり、3月末からほとんど減っていません 13。
売れない車が倉庫に積み上がっている可能性が高いです。これは将来、「値引き販売」や「廃棄ロス」としてさらに利益を押し下げるリスクがあります。
② 巨大な「金融事業」のリスク
資産の部にある**「販売金融債権:約7兆円」** 14。これはお客さんがローンで車を買った代金(将来入ってくるお金)です。
日産の借金8兆円の多くは、このビジネスの原資です。もしアメリカの景気が悪くなって、お客さんがローンを払えなくなったら? この7兆円が焦げ付き、同額の借金だけが残るリスクを抱えています。
7. まとめ:このB/Sは「メタボ体質」である
今回の日産自動車の貸借対照表(B/S)を分析した結果、浮かび上がったのは**「贅肉(在庫・借金)が多く、筋肉(自己資本)が少ないメタボ体質」**です。
7月の社債発行で当面の倒産リスクは遠のきましたが、それは借金による延命に過ぎません。**「長期戦には耐えられないB/S」**であることは間違いありません。
【第2回のまとめ】
- 現金は3ヶ月で3,000億円消滅。 1.6兆円の残高はあるが、他社(トヨタ・ホンダ)に比べて比率は低く、出血スピードが異常に速い。
- 「余命」は綱渡り状態。 7月の社債発行(約8,500億円)がなければ、あと半年〜1年で資金ショートするリスクがあった。延命措置により、猶予はあと1年半程度と推測される。
- 在庫と金融事業の爆弾。 売れない在庫(1.6兆円)と、景気に左右されるローン債権(7兆円)が、B/Sの健全性を脅かしている。
【makoのアクションプラン】
「お手持ちの企業のB/Sで、『現金』と『有利子負債(借金)』の金額を比べてみてください。現金の方が多ければ『実質無借金』の超優良財務。借金が現金の3倍以上あったら、その借金の中身(理由)を調べる癖をつけましょう。」
次回は、第3の財務諸表**「キャッシュ・フロー計算書」です。
今回B/Sで見た「現金の減少」が、具体的に何に使われたのか?
「本業で稼いだ現金」なのか、「借金で増やした現金」なのか?
企業の「血液の流れ」**を見ることで、日産の本当の生存能力が明らかになります。
お楽しみに!
【makoの投資判断(今回のB/S分析に基づく)】
評価:3 / 10
(※10点満点中)
理由:
P/L(1点)よりはマシですが、依然として低評価です。理由は、7月の巨額資金調達により、即座の資金ショート(倒産)リスクは回避されたからです。この「時間稼ぎ」は評価できます。
しかし、自己資本比率25.5%という低さ 15、在庫の滞留感、そして何より「借金で借金を返し、赤字を埋めている」という自転車操業的なキャッシュフロー状態は、投資対象としては非常に不安です。この「出血」が止まるまでは、静観するのが賢明でしょう。
(出典:日産自動車株式会社 2026年3月期 第1四半期決算短信)
免責事項:
本記事は、提供された2026年3月期第1四半期決算短信のデータに基づき、教育目的で企業の財務状況を分析・推計したものです。記事内の「余命」や「バーンレート」等の数値は、公表データに基づく筆者の試算であり、実際の資金繰りや将来の存続を保証・断定するものではありません。特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断は、最新の情報を確認の上、ご自身の責任で行ってください。

