
~「金利8%」の借金をして「マイナス利回り」で運用する、日産自動車の矛盾~
「投資で年利5%を目指したい!」 多くの個人投資家がそう目標を立てます。銀行の金利がほぼゼロの時代、自分のお金が効率よく増えていく場所にお金を置きたいと願うのは当然です。
しかし、もしあなたが投資しようとしている企業が、**「あなたから預かったお金を、ものすごい勢いでドブに捨てている」**としたらどうでしょうか? 「そんなバカな会社があるわけない」と思いますか?
実は、前回まで見てきた日産自動車が、今まさにその状態に陥っています。 第4回のテーマは、企業の「稼ぐ効率」を測る最強の指標、**「ROE(自己資本利益率)」と「ROA(総資産利益率)」**です。
今回は、日産自動車の効率性を計算し、前回発覚した「年利約8%の社債」という事実と突き合わせてみます。すると、**「借りた金利よりも稼ぎが少ない」**という、ビジネスとして最もやってはいけない「逆ザヤ(マイナス・スプレッド)」の恐怖が浮かび上がってきます。
私makoと一緒に、日産のエンジンの燃費効率を徹底検分しましょう。
1. 投資家のための「2つの利回り」
まずは、ROEとROAという言葉を、直感的に理解できるように翻訳します。難しく考える必要はありません。どちらも「投資したお金に対して、どれくらいリターンがあったか?」を示す**「利回り」**のことです。
① ROE(自己資本利益率):株主にとっての利回り
- 計算式: 親会社株主に帰属する当期純利益 ÷ 自己資本 × 100
- 意味: 「株主が出したお金(元手)を使って、会社が何%増やしてくれたか」。
- 目安: 一般的に8%以上が合格ライン、10%以上で優良と言われます。
② ROA(総資産利益率):会社全体のエンジンの効率
- 計算式: 当期純利益 ÷ 総資産 × 100
- 意味: 「借金も含めたすべての資産(工場、在庫、現金など)を使って、どれだけ利益を生んだか」。
- 目安: 日本企業なら5%以上あれば優秀とされます。
2. 実践分析:日産自動車の効率は「マイナス」である
それでは、日産自動車の決算短信(2026年3月期 第1四半期)の数字を使って、実際に計算してみましょう。 ここで使うのは、P/Lの「純利益」と、B/Sの「自己資本」「総資産」です。
【日産自動車の効率性診断(2026年3月期1Q)】
- 親会社株主に帰属する四半期純損失: △1,158億円
- 自己資本(株主のお金): 4兆7,670億円
- 総資産(会社全体の規模): 18兆6,770億円
さあ、計算です。(※四半期の数字なので、単純に4倍して年率換算の目安とします)
① ROE(株主のお金はどうなった?)
(△1,158億円 × 4) ÷ 4兆7,670億円 × 100 ≒ -9.7%
判定:不合格(資産破壊) プラスどころか、**マイナス約10%**です。 これは、「株主から預かったお金を、年間1割ずつ減らしている」ことを意味します。投資家としては、お金を預けておくだけで価値が毀損していく状態です。
② ROA(資産は有効活用されている?)
(△1,158億円 × 4) ÷ 18兆6,770億円 × 100 ≒ -2.5%
判定:不合格(巨大な非効率) 18兆円もの巨大な資産(工場、在庫、販売金融債権など)を持っていながら、そこから生み出される利益はマイナスです。 特に、第2回で指摘した「1.6兆円の在庫」や「7兆円の販売金融債権」が、利益を生まずに重荷になっていることが、このROAの低さに表れています。
3. 切実な問い:金利8%の借金、どれだけ稼げば許される?
ここで、読者の方から頂いた非常に核心を突く質問にお答えします。
「社債の金利が高くなった場合、どの程度稼がないといけないのですか?」
A. 最低でも「ROA(総資産利益率)が8%以上」になるまで稼がなければなりません。
なぜ「8%」なのか?(ハードル・レート)
企業が調達した資金にかかるコスト(金利など)を**「ハードル・レート(超えなければならない壁)」**と呼びます。
- 借金のコスト: 8.125%(今回発行された2035年満期ドル建て社債の利率)
- 現状の日産のROA: 約マイナス2.5%
今の状態は、**「100円借りるたびに、毎年8円の利息を払い、さらにビジネスで2.5円損をしている」状態です。合計で年間10.5円ずつ資産が溶けています。これを財務用語で「逆ザヤ(マイナス・スプレッド)」**と呼びます。
生存のための「損益分岐点」を計算する
日産が健全な企業として投資家に認められるには、調達コスト(8%)以上のリターンが必要です。
18.7兆円(総資産) × 8% = 約1.5兆円
今の総資産規模を維持するなら、年間約1.5兆円規模の純利益を出して初めて、金利コストに見合うリターンとなります。現状の赤字(△1000億円規模)から考えると、途方もない道のりです。
4. 日産がとるべき「3つの対策」
「どのような対策をとると良いですか?」
この絶望的な状況を打破するために、財務の視点から有効な対策は以下の3つです。
① 「分母」を減らす(資産の圧縮)
稼ぐ額(分子)を急に1.5兆円にするのは困難ですが、資産(分母)を減らして効率を上げることは可能です。
- 在庫の処分: 売れ残った約1.6兆円の在庫 を、安売りしてでも現金化し、借金返済に充てる。
- 資産の売却: 稼働率の低い工場や、保有株式を売って、バランスシートをスリムにする。
② 「粗利率」の改善(値上げとコスト削減)
第1回で見た通り、原価率は約95%まで悪化しています。
- 不採算車種の廃止: 儲からない車は作るのをやめる。
- 固定費の削減: 工場閉鎖や人員整理を行い、損益分岐点を下げる。
③ 「稼げる市場」への集中
- 現在の「全方位戦略」を見直し、日産がまだ勝てる技術(e-POWERなど)や地域にリソースを集中する。
5. まとめ:壊れたエンジンにガソリンを注ぐな
今回の収益性分析で、日産自動車が抱える構造的な矛盾が明らかになりました。
「年利8%でお金を借りて、マイナスの利回りで運用する」。 この状態が続く限り、どんなに巨額の資金調達(輸血)をしても、それは穴の開いたバケツに水を注ぐようなものです。
日産が再び投資に値する企業になるための条件は一つ。 「ROA(ビジネスの利回り)が、調達金利(8%)を上回ること」。 まずは確実に黒字化し、資産の効率を劇的に改善させなければ、投資家としての勝算はありません。
【第4回のまとめ】
- ROEは「マイナス約10%」。 株主の資産を増やすどころか、猛スピードで破壊している状態である。
- 「逆ザヤ」の恐怖。 調達金利(約8%)が運用利回り(ROAマイナス)を大幅に上回っており、借りれば借りるほど企業価値が下がる構造にある。
- 目指すべきは「利益1.5兆円」か「資産圧縮」。 8%の金利コストをカバーするには、今の規模なら1.5兆円稼ぐか、徹底的に資産を減らす(縮小均衡)しか道はない。
【makoのアクションプラン】
「証券会社のアプリや四季報で、自分の持ち株の『ROE』を確認してください。ここが『8%以上』あるか? もしマイナスなら、その企業は『あなたのお金を減らすマシーン』になっている可能性があります。」
さて、ここまでで日産の「稼ぐ力」「お金の流れ」「効率」がボロボロであることが分かりました。 こうなると心配なのは、「守り(安全性)」です。 次回、第5回は「安全性分析」。 自己資本比率や流動比率を使って、**「明日、会社が倒れる確率は何%か?」**という、企業の生存能力を極限までチェックします。 お楽しみに!
【makoの投資判断(今回の収益性分析に基づく)】
評価:1 / 10 (※10点満点中)
理由: 評価は「1」以外にあり得ません。ROE、ROAともにマイナスであり、収益性が崩壊しています。何より致命的なのは、社債発行による調達コスト(約8%)を賄えるだけの利益を生み出せていない「逆ザヤ」状態です。資本コストを上回るリターンを出せない企業は、経済合理性の観点から投資対象にはなり得ません。
(出典:日産自動車株式会社 2026年3月期 第1四半期決算短信)
免責事項: 本記事は、提供された2026年3月期第1四半期決算短信のデータに基づき、教育目的で企業の財務状況を分析したものです。記事内のROE/ROAの試算値や評価は、公表データに基づく筆者の分析であり、将来の投資成果を保証するものではありません。特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断は、最新の情報を確認の上、ご自身の責任で行ってください。

