【企業分析マスター講座 第7回】株価の割安性分析:PERとPBRは万能か?指標の正しい使い方と注意点

皆さん、こんにちは。

第6回までの冒険で、企業の「財務(過去〜現在)」と「成長性(未来のポテンシャル)」という、投資判断に不可欠な両輪を分析してきました。ついに素晴らしい会社を発見した!…と思っても、いざ株を買おうとスマホの画面を見た瞬間、こんな不安に襲われませんか?「この会社の株価、本当にこの価格で妥当なの?」「もしかして、今が一番高い『高値掴み』になってしまうんじゃないか?」

その不安、投資家なら誰もが通る道です。どれだけ素晴らしい成長企業であっても、熱狂の中で形成された法外に高い価格で買ってしまっては、そこから利益を出すのは非常に難しくなります。

実は、多くの投資家が企業の「本質的な価値」と、市場で取引されている「時価(株価)」の違いを意識せず、世間の人気やムードだけで割高な株を買ってしまうのです。その結果、ブームが去った後の株価下落に巻き込まれ、貴重な資産を長期間「塩漬け」にしてしまう…これほど大きな機会損失はありません。

しかし、ご安心ください。この記事を読み終える頃には、あなたも「PER」と「PBR」という2大割安性指標の正しい使い方と、そこに潜む「罠」を見抜く方法をマスターし、プロと同じ視点で「株価がその価値に対してお買い得かどうか」を判断する、重要な第一歩を踏み出せるでしょう。

本論:株価は「価値」と「価格」の綱引きだ

投資の世界では、「価値(Value)」と「価格(Price)」は明確に区別されます。

  • 価値(Value): その企業が本質的に持っている力。将来生み出す利益や資産の合計。
  • 価格(Price): 市場(株式市場)で、今この瞬間に取引されている値段。

投資の神様ウォーレン・バフェットは、「価格はあなたが支払うもの。価値はあなたが得るものだ」という言葉を残しています(社会的証明)。私たちが目指すのは、**「価値>価格」**となっている、つまり「お買い得(割安)」な状態の株を見つけ出すことです。

その「お買い得度」を測るために、世界中の投資家が使う2つの代表的なモノサシが「PER」と「PBR」なのです。

理論解説パート①:PER =「利益」に対する割安度

PER (Price Earnings Ratio:株価収益率)

  • 一言でいうと?: 「会社の『利益』に対して、株価が何倍まで買われているか」を示す指標です。
  • 比喩: これは「会社の人気度」であり、「元本回収にかかる年数」とも例えられます。PER 20倍とは、その会社が1年間に稼ぐ利益(1株当たり純利益)の20倍の株価がついている、という意味です。もし会社が毎年同じ利益を稼ぎ続けるなら、投資した元本を20年で回収できる、という計算になります。
  • 計算式: $PER (倍) = \frac{\text{株価}}{\text{1株当たり純利益 (EPS)}}$
  • 専門家の視点: 一般的に、日経平均株価の平均PERは15倍程度と言われることが多いです。そのため、「15倍より低ければ割安」と解説されることもあります。
  • ここに注意!(PERの罠): しかし、これはプロの投資家にとっては常識ですが、「PERが低い=お買い得」と短絡的に考えるのは非常に危険です。
    • ①成長性の罠: PERが低いのは、市場から「この会社は将来、成長しない」と見なされているからかもしれません(万年割安株)。
    • ②成長性の期待: 逆に、Amazonやテスラのような急成長企業のPERは、平気で100倍を超えることがあります。これは、「未来の爆発的な利益成長」を市場が織り込んでいるため、現在の利益に対して株価が超割高に見えるのです。
    • 結論: PERは必ず、第6回で学んだ**「成長性」とセットで見る**必要があります。「成長性が高いのに、PERはそこまで高くない」というのが、本当のお宝株の候補になるのです。

理論解説パート②:PBR =「純資産」に対する割安度

PBR (Price Book-value Ratio:株価純資産倍率)

  • 一言でいうと?: 「会社の『純資産(解散価値)』に対して、株価が何倍まで買われているか」を示す指標です。
  • 比喩: もし今、会社が事業をたたんで解散し、全財産(資産)から全ての借金(負債)を返済した後に残る「株主のお金(純資産)」。これを株主全員で山分けしたのが「1株当たり純資産(BPS)」です。PBRは、株価がその解散価値の何倍かを示します。
  • 計算式: $PBR (倍) = \frac{\text{株価}}{\text{1株当たり純資産 (BPS)}}$
  • 専門家の視点: PBRが1倍なら、株価と解散価値が同じです。もしPBRが1倍を下回っていれば、株価は「会社が今すぐ解散した場合に戻ってくるお金」よりも安いことになり、理論上は「超割安」ということになります。
  • ここに注意!(PBRの罠): しかし、これも「PBR 1倍割れ=お買い得」とは限りません。
    • ①効率性の罠: なぜ市場が解散価値以下の値段しかつけないのか?それは、「その会社が持っている純資産を、将来うまく使って利益を生み出せない」と市場から判断されている可能性が高いからです。
    • ②効率性の期待: 逆に、PBRが高い企業は、持っている純資産を効率よく使って、将来大きな利益を生み出すと期待されています。
    • 結論: PBRは必ず、第4回で学んだ**「ROE(自己資本利益率=純資産を使ってどれだけ効率よく稼げるか)」とセットで見る**必要があります。PBRが低いのにROEが高い企業は、市場に見過ごされた「お宝株」の可能性がありますし、PBRが高い企業は「高いROEが将来も続くだろう」という市場の期待が反映されているのです。

実践分析パート:イオン株式会社の「割安性」を診断する

それでは、イオン株式会社の株価が「お買い得」なのか、それとも「期待先行」なのかを、この2つのモノサシで診断していきましょう。

まず、宝の地図(決算短信)から必要な数値を抜き出します。

  • 通期業績予想(1株当たり当期純利益): 15.49円 111
  • 1株当たり純資産(BPS): 435.24円 2

次に、現在の「価格(株価)」が必要です。株価は日々変動しますが、この分析を執筆している時点(2025年10月)の株価は、株式分割(2025年9月1日付)の影響を考慮し、仮に**「3,000円」**として分析を進めてみましょう。

イオン株式会社の割安性分析(株価3,000円と仮定)

項目計算式結果
PER (株価収益率)3,000円 ÷ 15.49円 4約 193.6倍
PBR (株価純資産倍率)3,000円 ÷ 435.24円 5約 6.9倍

(出典:イオン株式会社 2026年2月期 第2四半期(中間期)決算短信〔日本基準〕(連結))

【分析①】PER 193.6倍!? 恐るべき「超割高」の正体

PER 193.6倍。この数字を見て、どう思いましたか?「一般的な目安15倍の10倍以上だ!とんでもない割高株だ!」と驚かれたかもしれません。

もしこの数字だけを見て投資を諦めたら、それは典型的な分析ミスになってしまいます。ここで、これまでの冒険の記憶を呼び覚ましてください。イオンの今期の純利益予想(EPS 15.49円)は、なぜあれほど低かったのでしょうか? 6

そうです。これは、本業の儲け(営業利益)が過去最高益を出す一方で、総合金融事業の整理などに伴う**「一時的な特別損失」**が重くのしかかっているためでした。

つまり、PER 193.6倍という異常値は、**イオンの「企業本来の実力」を全く反映していない「見かけ上の数字」**に過ぎないのです。市場の多くの投資家も、「この一時的な損失は来期にはなくなるだろう」と理解しているため、現在の低い利益を無視して3,000円という株価をつけている、と読み解くことができます。

【分析②】PBR 6.9倍が語る「未来への強い期待」

次にPBRです。PBR 6.9倍。これは、会社の解散価値(1株あたり435.24円)9の約7倍という、非常に高い価格がついていることを意味します。目安の1倍を遥かに超えており、これも一見すると「割高」ですよね。

しかし、このPBR 6.9倍という数字こそ、イオンの「今」を正確に物語っています。

市場は、イオンが持つ純資産(435.24円/株)を使い、将来その7倍近い価値を生み出してくれると**「強く期待」**しているのです。

その期待の源泉は何か?それこそ、私たちが第6回の成長性分析で見抜いた、**「本業の劇的な体質改善」**です。

  • DX推進と経費構造改革による、GMS(総合スーパー)事業の大幅な損益改善 。
  • その結果としての、売上高伸び率(+3.8%)を遥かに凌駕する営業利益伸び率(+19.8%)という「黄金パターン」の出現 11

市場は、「この本業の成長は本物だ。一時的な金融事業の損失さえ終われば、イオンのROE(稼ぐ効率)は劇的に改善し、この純資産(BPS)を元手に大きな利益を生み出すだろう」と判断しているのです。

PBR 6.9倍という数字は、単なる「割高」のサインではなく、イオンの経営改革に対する市場からの「信任投票」であり、未来の成長への「期待値」そのものが価格になっていると読み解くことができます。

まとめ:今日からあなたも「株価の温度感」が分かる

本日の冒険で、株価の割安性を測るPERとPBRという、最も基本的で最も奥深い2つの指標を学びました。数字の表面だけを見て「割高だ!」「割安だ!」と判断するのではなく、その裏にある「成長性(PER)」や「効率性(ROE、PBR)」という物語と結びつける。これができるかどうかで、あなたの投資家としてのレベルは格段に上がります。

【本日の冒険のまとめ】

  • PER(株価収益率)とPBR(株価純資産倍率)は、株価の「割安性」を測る2大指標である。
  • 「低PER=割安」「低PBR=割安」という短絡的な判断は危険。PERは「成長性」と、PBRは「ROE(効率性)」とセットで見ることが不可欠。
  • イオンのPERは一時的な損失で異常値(超割高)に見えるが、PBR 6.9倍という数字には、GMS改革やDX推進という「本業の力強い成長」に対する市場からの強い期待が反映されている。

それでは、恒例の「ベビーステップ」です。今日の課題もとても簡単ですよ。

【本日の課題】あなたがいつも使っている検索エンジンで、お気に入りの企業の「株価」を検索してみるだけです。そして、そのページに「PER」と「PBR」という数字がどこかに表示されていないか、探してみましょう!

その数字が15倍や1倍と比べて高いか低いか、そして「なぜだろう?」と考えることが、素晴らしい分析の第一歩です。

投資判断

イオン株式会社への投資判断は、前回の「8/10」を維持します。

今回の割安性分析で、現在の株価(仮に3,000円)は、PBR 6.9倍と市場の強い期待をすでに織り込んでおり、「お買い得(割安)」とは言えない水準にあることが確認できました。

しかし、その株価を支えているのは、第6回で分析した「本業の劇的な体質改善」という明確な根拠(ファクト)です。投資の成否は、この「GMS改革とDX推進が本物であり、一時的損失の解消後に純利益をV字回復させられるか」という市場の期待が、現実のものとなるかにかかっています。この期待が本物かどうか、次の「定性分析」でさらに深く見極める必要があります。

次回予告

さて、私たちはついに財務分析という「数字」の世界の冒険を終えようとしています。しかし、PERやPBR、ROEといった「数字」だけでは、イオンが持つ「本当の強み」は見えてきません。

なぜ、イオンは他のスーパーに勝てるのか? なぜ、あれほど広大なショッピングモールにお客さまが集まり続けるのか? その秘密は、数字の裏に隠された「ビジネスモデル」と「競争優位性」にあります。

次回、【定性分析①】ビジネスモデルと競争優位性〜その会社にしかない「強み」は何か?〜。

ついに財務諸表から離れ、企業の「魂」とも言える定性分析の世界に踏み込みます。お楽しみに。


免責事項

本記事は、企業分析に関する情報提供を目的としており、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。株式投資は、元本を割り込むリスクを伴います。投資に関する最終的な決定は、ご自身の判断と責任において行われますようお願い申し上げます。本記事の情報に基づいて生じたいかなる損害についても、筆者および関係者は一切の責任を負いません。

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