
こんにちは、あなたの投資学習パートナー、makoです。
「この会社、本当に儲かってるの?」
「株価はなんとなく上がっているけど、中身は大丈夫なんだろうか?」
株式投資を始めようと思った時、あるいは既に始めている方でも、そんな素朴な不安を感じたことはありませんか?
実は、多くの個人投資家が「売上高」という表面的な数字だけを見て、「稼ぐ力」の本当の変化を見逃してしまい、気づかないうちに大きな機会損失をしているケースが非常に多いのです。
この記事を読み終える頃には、あなたは「損益計算書(P/L)」という企業の成績表を読み解き、プロの投資家と同じ視点で「企業の本当の収益性」を見抜く第一歩を踏み出せるようになっているでしょう。
投資の基本:「損益計算書(P/L)」とは何か?
まず、損益計算書(P/L = Profit and Loss Statement)とは何か。
これは、企業が「一定期間(例えば3ヶ月や1年間)に、どれだけ売上を上げ、どれだけ費用を使い、最終的にいくら儲かったのか」を示す、まさに**「企業の成績表」**です。
難しく考える必要はありません。あなたがパン屋さんを経営していると想像してください。
- 売上高:パンが売れた総額です。
- 売上総利益(粗利益):パンの売上から、材料費(小麦粉や卵など=売上原価)を引いた利益。パンそのものの魅力や儲け(付加価値)がわかります。
- 営業利益:売上総利益から、さらに家賃や店員さんの給料(=販売費及び一般管理費)を引いた利益。これが「本業の儲け」です。
- 経常利益:営業利益に、銀行預金の利息(営業外収益)を足したり、借金の利息(営業外費用)を引いたりした利益。「本業+α(財務活動など)の儲け」です。
- 当期純利益:経常利益から、税金や一時的な損失・利益(特別損益)を引いた、最終的に会社に残る「本当の儲け」です。
この中で、私たちが最も重視すべき「成績」はどれだと思いますか?
それは**「営業利益」**です。
なぜなら、営業利益こそが「その企業が本業でどれだけ効率よく稼いでいるか」を示す、最も純粋な指標だからです。
投資の神様と呼ばれるウォーレン・バフェット氏が重視するのも、この「営業利益」です。パン屋の例で言えば、投資家が知りたいのは「パン屋の本業がしっかり儲かっているか」であり、銀行預金の利息(本業ではない)でたまたま黒字になっていることではないのです。
そして、多くのプロ投資家は、営業利益の「金額」だけを見ません。彼らが必ずチェックするのは**「営業利益率」**(売上高に占める営業利益の割合)です。
これは「稼ぐ力の効率性(=収益性)」を示す、非常に重要な指標です。売上が1兆円あっても営業利益が100億円(利益率1%)の会社と、売上が1000億円でも営業利益が300億円(利益率30%)の会社。あなたが投資したいのは、後者だと思いませんか?
この「利益率」に注目すること。これは専門家の間では常識ですが、個人投資家にはあまり語られない「数字の裏側」を読むヒントなのです。
実践分析:信越化学工業の「稼ぐ力」を読み解く
理論はここまでです。それでは、いよいよ添付いただいた「信越化学工業(4063)」の2026年3月期 第2四半期決算短信という「宝の地図」を広げていきましょう。
まずは、最新の「成績表」を見てみます。
信越化学工業 連結経営成績(2025年4月1日~9月30日)
| 項目 | 2026年3月期 中間期 (A) | 2025年3月期 中間期 (B) | 増減額 | 増減率 (A vs B) |
| 売上高 | 1兆2,845億22百万円 | 1兆2,664億60百万円 | +180億62百万円 | +1.4% |
| 営業利益 | 3,339億35百万円 | 4,057億 3百万円 | △717億68百万円 | △17.7% |
| 経常利益 | 3,673億39百万円 | 4,429億24百万円 | △755億85百万円 | △17.1% |
| 中間純利益 | 2,578億44百万円 | 2,941億17百万円 | △362億73百万円 | △12.3% |
(出典:信越化学工業株式会社 2026年3月期 第2四半期(中間期)決算短信 9)
さあ、この表から何が読み取れるでしょうか?
ここに、この会社の「物語」が隠されています。
1. 「増収」なのに「大幅減益」という強いサイン
まず注目すべきは、売上高が前年同期比で+1.4%と微増している点です 10。 これは「モノ(製品)は売れている」か、あるいは「円安によって海外での売上が円換算で増えた」ことを示します。
しかし、その下の営業利益は、なんと△17.7%と大きく減少しています 11。
2. 利益は「どこ」で消えたのか? P/Lのステップ分析
利益が減った理由を探るため、損益計算書(P/L)を上から順番に見ていきましょう。
| 項目 | 2026年3月期 中間期 (A) | 2025年3月期 中間期 (B) | 増減率 |
| 売上高 | 1,284,522 百万円 | 1,266,460 百万円 | +1.4% |
| 売上原価 | 828,780 百万円 | 747,481 百万円 | +10.9% |
| 売上総利益 (粗利益) | 455,742 百万円 | 518,978 百万円 | △12.2% |
| 売上総利益率 | 35.5% | 41.0% | △5.5pt |
| 販売費及び一般管理費 | 121,806 百万円 | 113,274 百万円 | +7.5% |
| 営業利益 | 3,339億35 百万円 | 405,703 百万円 | △17.7% |
| 営業利益率 | 26.0% | 32.0% | △6.0pt |
(出典:信越化学工業株式会社 2026年3月期 第2四半期(中間期)決算短信 22)
(※利益率は筆者計算)
とんでもないことが分かりました。
売上高は+1.4%しか増えていないのに、材料費などの「売上原価」は+10.9%も増加しています 23。
さらに、家賃や人件費などの「販売費及び一般管理費」も+7.5%増加しています 24。
信越化学は、もともと「営業利益率32.0%」という驚異的な「稼ぐ効率」を誇る超優良企業でした(前期実績より計算)。しかし、この半年で、その効率が「26.0%」にまで低下してしまったのです。この**最大の要因は「売上原価の増加」**にあることが、このステップ分析でハッキリと見えました。
3. なぜコストは増え、利益は減ったのか? セグメント分析
では、どの事業が、なぜそんなにコスト増(あるいは売価下落)に見舞われたのでしょうか?
決算短信の「セグメント別(事業別)の業績」というページが、その答えをくれます。
セグメント別 営業利益(2025年4月~9月)
| 事業セグメント | 2026年3月期 中間期 | 2025年3月期 中間期 | 増減額 |
| 生活環境基盤材料 | 1,023 億円 | 1,521 億円 | △498 億円 |
| 電子材料 | 1,706 億円 | 1,867 億円 | △161 億円 |
| 機能材料 | 481 億円 | 538 億円 | △57 億円 |
| 加工・商事・技術サービス | 136 億円 | 149 億円 | △13 億円 |
| 合計 | 3,339 億円 | 4,057 億円 | △718 億円 |
(出典:信越化学工業株式会社 2026年3月期 第2四半期(中間期)決算短信 35)
この表は非常に雄弁です。
会社全体の営業利益の減少額は「△718億円」でした 3636。
そのうち、「生活環境基盤材料」セグメント(塩化ビニルなど)だけで「△498億円」の減益となっています 3737。
つまり、会社全体の減益の約7割は、この「生活環境基盤材料」事業の不振が原因だったのです。
【深掘りファクトチェック】:「市況悪化」は本当に起きていたか?
ここで、プロの投資家が行う「裏付け作業」をしてみましょう。
信越化学は、この事業の不振の理由を「北米で(需要が)弱含み市況は軟化しました」「アジアほかの海外市場で、価格の低迷が続いています」と説明しています 。
これは本当でしょうか? 外部の客観的な情報(ファクト)でチェックすることが、分析の精度を格段に高めます。
結論から言えば、「はい、その通りです」。
会社側の説明は、外部の市場レポートと完全に一致しています。
- 2024年からの「低迷トレンド」:外部の市場レポートを調べると、塩化ビニル(PVC)市場は、今回の決算短信の期間(2025年4月~)より前の2024年からすでに「不安定な下降傾向」を示していました。つまり、信越化学が直面した「市況の軟化」は、2024年から続くネガティブなトレンドの延長線上にあることがわかります。
- 最大の原因:「中国の不動産不況」:なぜ市況が悪化したのか? 最大の原因は「中国の不動産市場の低迷」です。PVCの最大の需要先は、住宅のパイプや窓枠などに使われる「建設・不動産セクター」です。その最大の買い手である中国の不動産市場が歴史的な不況に陥ったことで、PVCの需要が世界的に大きく引き下げられました。
- 「価格低迷」のメカニズム:信越化学が指摘する「アジアでの価格低迷」 3939 も、この中国の不況が引き起こしています。中国国内で売れなくなったPVCが、アジア市場に輸出として大量に流れ込みました。その結果、アジア市場全体が供給過剰となり、価格が低迷したのです。
このファクトチェックからわかるのは、信越化学の「減益」は、怠慢や経営の失敗というよりは、「世界的な不況」という巨大な逆風に真正面から立ち向かった結果であること、そして会社(IR)の説明は誠実である、ということです。
【未来予測】:塩化ビニル事業は「いつ」回復するのか?
さて、ここからが本題です。「減益の犯人」が塩化ビニル(PVC)事業であることはわかりました。では、この事業は今後、回復するのでしょうか?
外部の市場予測を分析した私の結論から申し上げますと、
「V字回復」のような急激な改善は期待しにくい。回復は「緩やか」であり、以前のような高収益体質に戻るには時間がかかる
と考えています。
これは、現在の不振が「一時的な景気後退」と「構造的な問題」の2つを抱えているからです。
1. 回復の「ブレーキ」となるもの(構造的な逆風)
- ① 中国の不動産不況の長期化:先ほどファクトチェックで確認した最大の逆風、「中国の不動産不況」は、2025年10月現在、いまだ底が見えていません。政府の景気刺激策は出ていますが、新しい住宅を次々と建てる(=PVCを大量消費する)という、かつてのブームが戻る可能性は低いと見られています。
- ② 世界的な「供給過剰」:問題は、需要が低迷しているにもかかわらず、中国やアジアのメーカーによるPVCの生産設備(プラント)は依然として過剰であり、一部では新設も続いていることです。
- 【物語】: つまり、「買い手(中国)が減っているのに、売り手(供給)は減っていない」という最悪の需給バランスが、アジア市場の価格を押し下げ続けています。これが最大の「ブレーキ」です。
2. 回復の「アクセル」となるもの(希望の光)
- ① インド市場の爆発的な成長:一方で、希望の光もあります。それは**「インド」**です。インドは現在、大規模なインフラ(上下水道、送電網、住宅)の建設ラッシュに沸いており、PVCの需要が爆発的に伸びています。中国の不振を、インドがどれだけカバーできるかが焦点です。
- ② アメリカ市場の底堅さ:信越化学の強みは、アメリカの子会社「シンテック」が圧倒的なシェアとコスト競争力を持っていることです。決算短信にも「北米で年初から年半ばにかけ需要は堅調でした」とあるように 4040、アメリカの住宅市場は(アジアほどは)落ち込んでいません。
3. makoの未来シナリオ:「綱引き」の行方
信越化学の塩化ビニル事業の未来は、
(ブレーキ役)中国の不動産不況 + 供給過剰
VS
(アクセル役)インドのインフラ需要 + アメリカの底堅さ
という「綱引き」にかかっています。
2025年から2026年にかけては、まだ「ブレーキ」の力が強く、アジア市場での価格低迷は続くと予想されます。つまり、信越化学の利益率(26%)が、かつての32%のような水準にすぐ戻ることは考えにくいでしょう。
これが、私が「回復は緩やかになる」と予測する理由です。
4. 好調なはずの「電子材料」も減益?
話をセグメント分析に戻しましょう。
興味深いのは、2番目に減益額が大きい「電子材料」セグメント(半導体シリコンウエハーなど)です。
この事業、売上高は前年同期比で+7%も伸びています 4141。 しかし、営業利益は逆に△9%減少しています。
これはどういうことでしょうか?
会社の説明には「半導体市場は、AI関連が引き続き活況を呈する一方で、それ以外の分野の需要は精彩を欠いたままでした」と書かれています。
ここから推測できるのは、「AI向けの先端製品は高く売れて売上に貢献したが、それ以外の汎用的な製品の需要が落ち込み、工場の稼働率が下がったり、コストが増えたりした結果、事業全体では利益が減ってしまった」というシナリオです。
5. 数字が語る「物語」の結論(詳細版)
これらの詳細分析を組み合わせると、数字が語る「信越化学の物語」がより鮮明に見えてきます。
信越化学の「営業利益17.7%減少」 という数字 44 は、単なる失敗ではありません。
これは、
「主力の塩化ビニル事業が、世界的な市況悪化(特に中国不動産不況に起因する価格低迷)の直撃を受け、会社全体の利益の7割を吹き飛ばすほどの打撃を受けた(生活環境基盤材料)。」
「さらに、好調に見えた半導体事業も、AI関連の活況 とは裏腹に、その他分野の需要低迷とコスト増に苦しみ、増収ながらも減益となった(電子材料)。」
「これら『市況悪化』と『需要のまだら模様』という二重の逆風の中で、原材料費や人件費などのコスト(売上原価・販管費)も上昇し 47、かつての32%という超高収益体質が、26%まで低下してしまった。」
…という、非常に厳しい「戦いの物語」なのです。
まとめと次へのステップ
本日の冒険のまとめです。
- 損益計算書(P/L)は企業の「成績表」である。
- 投資家が最も重視すべきは「営業利益」。その効率を示す「営業利益率」の変化を追う。
- 利益の変化は「ステップ(原価・販管費)」と「セグメント別」に分解し、会社の主張(定性情報)を「外部ファクト」と「未来予測」で裏付けることで、真の物語が見えてくる。
いかがでしたか?数字が「物語」に見えてきたのではないでしょうか。
それでは、今日あなたに挑戦してほしい「ベビーステップ」です。
今日の課題は、たった一つ。あなたが応援したい、あるいは気になっている企業の名前で検索し、その会社のホームページから**「IR情報」(投資家向け情報)**というボタンを探してみるだけです。
まずは、プロたちが見ている「成績表」が、いったいどこに格納されているかを知ることから始めましょう。
【makoの投資判断:10段階評価】(10/25 未来予測を反映し更新)
【 7 】(長期的視点での「保守的買い」)
理由:
信越化学工業は、半導体シリコンウエハーや塩化ビニルで世界トップクラスのシェアを誇る、日本の宝とも言える超優良企業です。
今回の「営業減益」 は、経営の失敗ではなく、外部環境(特に中国発の市況悪化)によるものです。注目すべきは、その逆風下でもなお**「営業利益率26.0%」 を維持している**点(計算値)で、これは驚異的な「稼ぐ力」が健在である証拠です。
ただし、今回の未来予測で分析したように、**減益の主因である「塩化ビニル事業」の不振は、構造的な問題を抱えており、回復には時間がかかる(=2026年も利益が圧迫される)**可能性が高いです。
したがって、「短期的な株価上昇」を狙う投資には向きません。
しかし、もう一方の柱である「電子材料(半導体)」事業の長期的な成長(AI、EV化)は疑いようがありません。塩化ビニル事業の不振という「悪いニュース」を市場が織り込み、株価が低迷する局面があれば、それは**「体力のある優良企業の株を、逆風の中で安く仕込む」**という、長期投資家にとっての絶好の機会(買い場)になるかもしれません。
投資には「忍耐」が必要です。この企業に投資するなら、塩化ビニル事業の回復を気長に待つ「忍耐力」が求められるでしょう。
【次回予告】
しかし、今日のP/L(損益計算書)分析だけでは、この企業の「倒産リスク」や「借金の重さ」という重大な側面を見抜くことができません。
いくら儲かっていても、借金まみれの経営では危険だと思いませんか?
次回、第2回:【貸借対照表】企業の「体力」と「倒産リスク」を見抜く で、その企業の「安全性」を示す「貸借対照表(B/S)」の読み解き方を徹底解説します。お楽しみに。
免責事項
本記事は、企業分析に関する情報提供を目的としており、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。株式投資は、元本を割り込むリスクを伴います。投資に関する最終的な決定は、ご自身の判断と責任において行われますようお願い申し上げます。本記事の情報に基づいて生じたいかなる損害についても、筆者および関係者は一切の責任を負いません

