企業分析マスター講座【第10回】:「競合他社比較」で企業の”本当の強さ”を証明する(実践:信越化学工業)

こんにちは、あなたの投資学習パートナー、makoです。

これまでの9回の冒険で、私たちは信越化学という企業を「解剖」してきました。

「P/L(稼ぎ)は一時不調(第1回)」

「B/S(体力)は鉄壁の要塞(第2回、第6回)」

「C/S(現金力)は黄金パターン(第3回)」

「ROE/ROA(効率性)は超優良(第5回)」

「成長性(未来)は合理的(第8回)」

「株価(割安性)は妥当(第9回)」

…分析すればするほど、「完璧」に見えます。

しかし、これまでの分析は、すべて信越化学を「真空(バキューム)」の中で見てきたに過ぎません。

本当のプロは、最後に必ずこの「問い」を立てます。

「その『強さ』は、戦場でライバルと殴り合った時でも、本当に『本物』なのか?」

「私たちの9/10点という評価は、ただの『ひいき目』ではないのか?」

この記事では、私たちが分析してきた信越化学の「強さ」が本物かどうか、その「最終証明」を行います。

投資の基本:「リンゴ」と「リンゴ」を比較する

競合比較で最も重要なのは、「正しい相手」と「正しい指標」を選ぶことです。

第8回で分析した通り、信越化学は「3つの柱」を持つコングロマリット(複合企業)です。

したがって、それぞれの「柱」における最強のライバルを選び、比較しなければなりません。

  1. 電子材料(半導体ウエハー)
    • ライバル:SUMCO(日本)
    • 日本の2大巨頭であり、世界シェアを争う、まさに宿命のライバルです。
  2. 機能材料(シリコーン)
    • ライバル:Wacker Chemie(ドイツ)
    • 世界トップクラスの総合化学メーカーであり、シリコーン事業の強敵です。
  3. 生活環境基盤材料(塩ビ)
    • ライバル:Westlake Corporation(米国)
    • 北米を中心に世界で塩ビ事業を展開する、「塩ビの巨人」です。

私たちがこれまで学んできた「最強のメジャー」で、彼らを比較します。

  • 「稼ぐ効率(収益性)」営業利益率(OPM)ROE
  • 「守りの硬さ(安全性)」自己資本比率流動比率

【makoの深掘り】「不況」の時だけを比較していないか?

さて、これから「不況(2025年現在)」のリングに彼らを上げますが、その前に、あなたが私に投げかけてくれた「本質的な問い」にお答えしなければなりません。

「makoさん、今から見せる『圧勝』のデータは、たまたま2025年という『最悪の不況』を切り取ったからではないですか?」

「ライバルたちも、景気が良い時は、本当はもっと強いのではないですか?」

「あなたは、信越化学の『平時』と、ライバルの『最悪の時』を、不公平に比較していませんか?」

素晴らしい。その通りです。

その「問い」に答えるために、私は「好況(Good Times)」と「不況(Bad Times)」の両方で、彼らの「本当の実力」を比較しました。

結論から申し上げます。

いいえ、今回だけではありません。

この「例え話」でご理解ください。

この勝負は、「フェラーリ(信越化学)」と「高性能なスポーツカー(ライバル達)」のレースです。

  • 【好況(晴れた日)】道が乾いたサーキット(=2022年の好景気)では、両者とも素晴らしい性能を発揮します。
    • フェラーリ(信越化学)は、時速290km(OPM 29.0%)で走ります。
    • スポーツカー(ライバル達)も、時速200km~250km(OPM 20-25%)で走ります。両方とも「とんでもなく速い」です。しかし、この時点で、すでに「時速40km~90kmの差」は存在しています。
  • 【不況(嵐の日)】サーキットに嵐(=2025年の不況)がやってきました。
    • スポーツカー(ライバル達)は、雨でスリップし、時速20km(OPM 2-6%)まで失速するか、停止(赤字)してしまいます。
    • 一方、フェラーリ(信越化学)は、その圧倒的なエンジンパワーと安定性で、嵐の中でも時速260km(OPM 26.0%)で走り続けています

嵐(不況)は、ライバルを「弱くした」のではありません。

嵐は、**「平時ですら存在した『構造的な差』を、生き残れるかどうかの『決定的な差』として“暴露”した」**だけなのです。


【証拠】「好況 vs 不況」の利益率ストレステスト

この「例え話」が「事実」であることを、データで証明します。

▼ 収益性ストレステスト:「好況(ピーク)」 vs 「不況(現在)」

企業名事業領域① 好況ピーク時 OPM (FY 2022)② 不況の現在 OPM (2023-2025)③ 利益率の「下落幅」
信越化学
(分析対象)
総合29.0%26.0%-3.0 ポイント
SUMCO半導体25.4%赤字予想-25 ポイント以上
Wackerシリコーン20.5%6.3% (2023)-14.2 ポイント
Westlake塩ビ19.3%5.8% (2023)-13.5 ポイント

(※信越化学は2025年3月期通期と2026年3月期中間期を比較。他社は外部データに基づき、最も好調だった2022年通期と、不況下の2023年通期または2025年Q3予想を比較)

【分析】

この表が、すべてを物語っています。

  1. 「好況」ですら、すでに「差」はあったまず、①の「好況ピーク時」を見てください。あなたの「問い」の通り、ライバル達も「危険」などではなく、平時は20%~25%もの利益率を叩き出す「超優良企業」でした。しかし、その「絶好調」の時ですら、信越化学の29.0%には及びませんでした。「構造的な差」は、平時から存在していたのです。
  2. 「不況」は、その「差」を「致命的」にした次に、③の「下落幅」を見てください。不況の嵐が来た途端、ライバル達は軒並み**-13ポイントから-25ポイント**以上という「致命的な」利益率の悪化に見舞われ、赤字(または赤字寸前)に沈みました。一方で、信越化学の「下落幅」は、たったの**-3.0ポイント**です。

信越化学の「本当の強さ」とは、「好況時のピークの高さ」ではありません。

「不況時の“底”の高さ」だったのです。

信越化学の「不況の底(OPM 26.0%)」は、ライバル達の「好況の頂点(OPM 20-25%)」すらも上回っている。

これが、私たちがこれから目撃する「圧勝」の正体です。


実践分析:信越化学 vs ライバル軍団

それでは、いよいよ「現在(2025年)」のリングに彼らを上げ、その「圧勝」の姿を確認しましょう。

【Round 1】「稼ぐ効率(収益性)」の殴り合い

▼ 収益性 比較(2024-2025年)

企業名営業利益率 (OPM)ROE(自己資本利益率)makoの「通訳」
信越化学工業
(分析対象)
26.0%11.6%(不況でも)別格の稼ぎ
SUMCO
(半導体ライバル)
3.0%不明(ただしQ3 ’25は赤字予想)(不況で)瀕死
Wacker Chemie
(シリコーンライバル)
2.44%3.40%(不況で)瀕死
Westlake Corp
(塩ビライバル)
0.29%-8.70% (赤字)(不況で)ノックアウト

…これは、勝負にすらなっていません。

(※注:比較データは、信越化学の中間期(2025年9月30日時点)に最も近い、各社が公表している2024年〜2025年(TTM=直近12ヶ月含む)の最新データを参照しています)

この結果が「何」を意味するのか、冷静に読み解きましょう。

1. 「P/L不調(-17.7%)」は、「勝利の雄叫び」だった

第1回で、私たちは信越化学のP/L(営業利益-17.7%)を見て「不調だ」と分析しました。

しかし、ライバルたちを見てください。

同じ「不況」のリングで、SUMCOは利益率3%まで落ち込み赤字転落寸前、Wackerは利益率2.44%、Westlakeに至ってはROEマイナス8.7%の赤字 に沈んでいます。

Westlakeの第3四半期(2025年)報告では、信越化学が利益を出した「塩ビ(PEM)事業」で、7億ドル以上の営業損失(のれん代償却含む)を計上しています。

信越化学の「-17.7%」という数字は、「不調」などではなく、「ライバルが全員赤字で倒れる中、一人だけ立って、26.0%という驚異的な利益を稼ぎ出した」という、「圧勝」の証だったのです。

2. 「強さ」が証明された

信越化学の「強さ」は「ひいき目」ではありませんでした。

  • 塩ビ事業(vs Westlake):不況への耐性が「天と地」ほど違う。
  • 半導体事業(vs SUMCO):同じ不況下でも、利益を確保する力が圧倒的に違う。
  • シリコーン事業(vs Wacker):信越化学の「全体」の利益率が、Wackerの「全体」の利益率の10倍以上あります。

【Round 2】「守りの硬さ(安全性)」の睨み合い

次に、「不況」という冬の時代を生き抜く「体力(=安全性)」の比較です。

第6回で、私たちは信越化学を「現金1.5兆円の要塞」と呼びましたが、それはライバルと比べてどうなのでしょうか?

▼ 安全性 比較(2024-2025年)

企業名自己資本比率流動比率makoの「通訳」
信越化学工業78.7%589.7%異常値(戦略兵器レベル)
Wacker Chemie約 70% (D/E 0.43より)289%非常に健全
Westlake Corp約 65% (D/E 0.54より)199%健全

(※SUMCOは直近のB/Sデータが取得困難なため除外)

【分析】

Round 1ほどの「圧勝」ではありません。WackerもWestlakeも、自己資本比率65-70%、流動比率200%超えと、非常に「健全」で「安全」な財務をしています。

しかし、信越化学の数字は、彼らと「次元」が違います。

  • 流動比率 589.7%(vs ライバル 200%台)
  • 現金 1.5兆円(第6回分析)

第6回で「これは『守り』ではなく『戦略兵器』だ」と分析した、私たちの「問い」の答えがここにあります。

ライバルたち(Wacker, Westlake)は、「不況を耐え忍ぶ」ための**「十分な体力」は持っています。

しかし、信越化学は、「不況を耐え忍ぶ」だけではなく、

「不況の“最中”に、4,000億円の自社株買い(第7回)と、2,139億円の設備投資(第8回)を“同時に”断行する」

ための、「異次元の体力(=戦略兵器)」**を持っているのです。

ライバルが「赤字」に苦しみ、「売上減少」に耐えている まさにその瞬間に、信越化学は「未来のエンジン(電子材料)」に巨額の種を蒔き、同時に「株主(私たち)」に莫大な富を還元しているのです。


【最終結論】信越化学の「強さ」は、本物だった

9回にわたる私たちの分析は、すべて正しかったことが、この「競合比較」によって最終的に「証明」されました。

  1. **「P/L不調(-17.7%)」**は、ライバルが赤字に沈む中での「圧勝」だった。
  2. **「ROE 11.6%」**は、ライバル(3.4%や-8.7%)とは比較にならない「超高効率」だった。
  3. **「現金1.5兆円」**は、ライバルが持つ「健全な体力」を遥かに凌駕する、「不況時にこそ攻める」ための「戦略兵器」だった。

第8回で見た「地政学リスク」や「景気循環リスク」は、ライバル全員が平等に背負う「宿命」です。

しかし、その「宿命」の戦場で、これだけの「利益率」と「現金」を持って戦える企業は、世界に信越化学以外、見当たりません。

まとめと次へのステップ

本日の冒険のまとめです。

  1. 企業分析の「最終関門」は、ライバルとの「競合比較」である。
  2. 信越化学の「強さ」は不況下でこそ際立つ。「不況の底(OPM 26%)」が、ライバルの「好況の頂点(OPM 20-25%)」すら上回る、構造的な差があった。
  3. 【収益性】信越化学のOPM 26.0%は、赤字や1桁台に沈むライバル(SUMCO, Wacker, Westlake)を「圧勝」していた。
  4. 【安全性】信越化学の流動比率 589.7%は、健全なライバル(200%台)すら凌駕する「異次元の体力」であり、不況下で投資と還元を両立する「戦略兵器」だった。
  5. 【結論】私たちが9回かけて分析した信越化学の「強さ」は、本物だった。

これで、第3部「未来予測」は完了です。

それでは、今日あなたに挑戦してほしい「ベビーステップ」です。

今日の課題は、たった一つ。あなたが「第9回」までで分析した「お気に入りの企業」の、一番のライバル企業の名前を、1社だけ検索してみてください。

そして、「営業利益率」だけを、2社並べて見比べてみましょう。…あなたは、本当に「チャンピオン」に投資しようとしていますか?


【makoの投資判断:10段階評価】(11/05 競合比較を反映)

【 9 】(長期的視点での「強気買い」)

理由:

評価は「9」で据え置きですが、この「9」は、もはや「10」に限りなく近い、**「証明済みの9」**へと昇華しました。

これまでの分析は、すべて信越化学という「個」の強さでした。しかし、今回の「競合比較」をもって、その強さが「絶対的な強さ」であることが証明されました。

  • 唯一の懸念だった「P/L不調」 → ライバル比較で「圧勝」に変わった。
  • 強みだと思っていた「財務」 → ライバル比較で「異次元」であることがわかった。

「素晴らしい企業を、そこそこの価格で買う」——第9回で、私たちは信越化学がこれに該当すると結論付けました。

今回、その「素晴らしさ」が「業界最強」であることが確定しました。長期投資家にとって、これ以上の「確信」はありません。


【次回予告】

さて、私たちはついに第4部「未来予測」編に突入します。

「財務(過去)は完璧」「競合(現在)にも圧勝」「投資(未来)も合理的」

…もう、分析することは残っていないのでしょうか?

いいえ、まだです。私たちは、数字(=定量)の裏にある「物語(=定性)」を読んでいません。

「なぜ、信越化学はこんなに強いのか?」

「その『ビジネスモデル』に、他社が真似できない『秘密』はないのか?」

次回、第11回:【定性分析①】ビジネスモデルと競争優位性〜その会社にしかない「強み」は何か?〜 で、信越化学の「強さの源泉」である「ビジネスモデル」という名の「城」の設計図を解き明かします。お楽しみに。

免責事項

本記事は、企業分析に関する情報提供を目的としており、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。株式投資は、元本を割り込むリスクを伴います。投資に関する最終的な決定は、ご自身の判断と責任において行われますようお願い申し上げます。本記事の情報に基づいて生じたいかなる損害についても、筆者および関係者は一切の責任を負いません。

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