
こんにちは、あなたの投資学習パートナー、makoです。
これまでの冒険で、私たちは信越化学工業の「2つの顔」を見てきました。
- P/L(成績表):主力の塩化ビニル事業の不振で、営業利益が17.7%も減少(第1回)
- B/S(財産目録):自己資本比率78.7%という「鉄壁の要塞」。しかも、その体力にモノを言わせ、4,000億円もの超大型「自社株買い」を敢行(第2回)
ここで、鋭いあなたはこう思ったはずです。
「ちょっと待って。第1回で、この会社が稼いだ純利益は2,578億円だったよね? なのに、どうやって4,000億円もの自社株買いができたの? お金が足りなくない?」
この「会計上の利益」と「リアルな現金」のズレこそ、初心者が陥る最大の罠です。
世の中には「黒字倒産」という恐ろしい言葉があります。これは、帳簿上(P/L)は利益が出ているのに、手元の現金(キャッシュ)が尽きて倒産してしまうことです。
そうした事態を避けるため、プロの投資家はP/LやB/Sと同じくらい、「キャッシュ・フロー計算書(C/S)」を熟視します。
この記事を読み終える頃には、あなたは「C/S」という企業の「通帳」を読み解き、その会社が本当に「現金を生み出す力」を持っているのか、それとも「見かけ倒しの利益」に過ぎないのかを、ハッキリと見抜けるようになっているでしょう。
投資の基本:「キャッシュ・フロー計算書(C/S)」とは何か?
キャッシュ・フロー計算書(C/S = Cash Flow Statement)とは、その名の通り、**「一定期間に、会社の現金(キャッシュ)が、何によって増え、何によって減ったのか」**を示す、家計簿や銀行の通帳のようなものです。
- P/L(損益計算書) には、まだ入金されていない売上(売掛金)も「利益」として計上されます。
- C/S(キャッシュ・フロー計算書) は、言い訳なし。実際に「入金された現金」と「支払った現金」だけを記録します。
投資の神様ウォーレン・バフェット氏は、「会計上の利益」よりも、この「実際に生み出された現金」を何よりも重視します。なぜなら、現金は嘘をつかないからです。
C/Sは、必ず3つのパートに分かれています。
これも「パン屋」の例で見てみましょう。
- 営業活動によるキャッシュ・フロー(営業CF)
- **「本業の儲け(現金)」**です。
- パンを売って得た現金から、材料費や人件費を支払った「残り」。
- ここは絶対に「プラス」でなければなりません。 マイナスなら、本業でお金が垂れ流しということです。
- 投資活動によるキャッシュ・フロー(投資CF)
- **「未来への投資(現金)」**です。
- 新しいオーブンを買ったり(設備投資)、銀行に預金したり(資産運用)。
- 成長している会社は、稼いだお金を未来に投資するので、ここは「マイナス」になるのが普通です。
- 財務活動によるキャッシュ・フロー(財務CF)
- **「お金のやりくり(現金)」**です。
- 銀行からお金を借りたり(+)、借金を返済したり(-)、株主に配当金を支払ったり(-)します。
健全な企業の「黄金パターン」
多くの専門家が「健全な優良企業」のC/Sだと判断する「黄金パターン」があります。
それは、
- 営業CF: プラス (本業でしっかり現金を稼いでいる)
- 投資CF: マイナス (稼いだ現金を、未来の成長のために投資している)
- 財務CF: マイナス (稼いだ現金で、借金を返したり、株主に還元(配当・自社株買い)している)
この「プラ・マイ・マイ」の形こそ、投資家が最も好む、美しい現金の流れなのです。
実践分析:信越化学工業の「現金の流れ」をX線撮影する
それでは、いよいよ信越化学工業の「通帳(C/S)」を見ていきましょう。
「利益以上の自社株買い」という謎は解けるのでしょうか?
信越化学工業 連結キャッシュ・フロー計算書(2025年4月1日~9月30日)
| 項目 | 金額(2026年3月期 中間期) | makoの「通訳」 |
| 営業活動によるCF | + 3,470億66百万円 | 本業の現金エンジン:絶好調 |
| 投資活動によるCF | △ 3,007億 1百万円 | 未来への投資:積極的 |
| 財務活動によるCF | △ 3,033億17百万円 | 株主還元と借入:超アグレッシブ |
| 現金等の増減額 | △ 2,626億14百万円 4 | 結果、貯金は2,626億円減った |
(出典:信越化学工業株式会社 2026年3月期 第2四半期(中間期)決算短信)
この表を見た瞬間、第1回・第2回のすべての謎が解けました。
これは、まさに「黄金パターン」です。
1. 営業CF(本業のエンジン):「利益」よりも「現金」は強かった
まず、最も重要な「営業CF」が、+3,470億円という凄まじいプラスです 。
ここで、第1回を思い出してください。P/L上の税引前中間純利益は3,770億円 6、純利益は2,578億円 7 でした。
なぜ、営業CFはP/Lの利益に近い、あるいはそれ以上の強力なプラスを叩き出せるのでしょう?
C/Sの内訳(P.15)を見てみると、減価償却費(げんかしょうきゃくひ)として1,163億円 8 がプラスされています。
これは、「工場の機械が古くなった」という会計上の「費用」であり、P/Lの利益を押し下げます。しかし、実際に1,163億円の現金を誰かに支払ったわけではありません。
C/Sは「リアルな現金」の計算書なので、「支払ってないなら、その分は手元に残ってますよね」と、この費用を足し戻すのです。
【物語】: 第1回で見た「減益」というP/Lの姿は、会計上の費用(減価償却費)も含まれたものでした。しかし、信越化学の「本業で現ナマを稼ぎ出す力」は、P/Lが示す以上に強力で、半年で3,470億円もの莫大な現金を生み出していたのです。エンジンは絶好調でした。
2. 投資CF(未来への投資):稼いだ金は、未来に使う
次に「投資CF」は、-3,007億円です 。
これは「悪いマイナス」ではなく、「良いマイナス」です。
内訳を見ると、有形固定資産の取得による支出(新しい工場や機械の購入)に2,139億円 10 もの巨額な現金を使っています。
【物語】: 信越化学は、本業で稼いだ3,470億円の現金から、即座に2,139億円を「次のメシのタネ」である新工場・新設備に投資しています。稼いだ金を貯め込むだけでなく、未来の成長のために再投資する。まさに成長企業の鏡です。
3. 財務CF(お金のやりくり):全ての謎が解ける
そして、運命の「財務CF」は、-3,033億円です 。
この内訳こそが、私たちが追い求めた「答え」でした。
長期借入れによる収入: +2,300億円配当金の支払額: -1,038億円自己株式の取得による支出: -4,000億円
【物語の完結】:
第2回で「なぜ4,000億円の自社株買いができたのか?」と疑問に思いましたが、C/Sがその答えを全て示してくれました。
信越化学の経営陣は、
「① 本業で3,470億円の現金を稼ぎ(営業CF)」
「② 未来の投資に2,139億円を使い(投資CF)」
「③ さらに、どうせ金利も安いのだからと2,300億円を借り入れ(財務CF)」
「④ そうして手元に集めた潤沢な現金で、株主への約束である配当金1,038億円と、超大型自社株買い4,000億円を、断固として実行した(財務CF)」
のです。
P/L(利益)が2,578億円しかないのに、配当(1,038億円)と自社株買い(4,000億円)で合計5,000億円以上も還元できたのは、
- P/Lの利益以上に「本業の現金力(営業CF)」が強かったから
- B/Sの鉄壁の信用力(自己資本比率)を使い、低金利で借入も活用したから
なのです。
P/L(減益)だけを見て慌てて売った投資家は、この「本業の現金力」と「経営陣の自信の表れである超大型還元」を見逃したことになります。
まとめと次へのステップ
本日の冒険のまとめです。
- キャッシュ・フロー計算書(C/S)は「現金の通帳」。P/L(利益)とC/S(現金)は一致しない(黒字倒産に注意)。
- 健全な企業の「黄金パターン」は、営業CF(+)、投資CF(-)、財務CF(-)である。
- 信越化学は、まさにこの黄金パターン。P/Lの利益以上に「営業CF(+3,470億円)」が強力であり、その現金を「投資(-2,139億円)」と「株主還元(-5,038億円)」にアグレッシブに振り分けていた。
これで、財務三表(P/L, B/S, C/S)という3つの地図が、すべてつながりましたね。
それでは、今日あなたに挑戦してほしい「ベビーステップ」です。
今日の課題は、たった一つ。あなたの気になる企業のIRページで、「キャッシュ・フロー計算書」を開いてみてください。
そして、**「営業活動によるキャッシュ・フロー」の数字を探すだけです。
その数字は、ちゃんと「プラス(+)」**になっていますか?
まずは、あなたの応援したい会社が、本業でしっかり現金を生み出せているかだけ、確認してみましょう。
【投資判断:10段階評価】(10/27 C/S分析を反映し更新)
【 9 】(長期的視点での「強気買い」)
理由:
第2回のB/S分析で評価を「8」としましたが、今回のC/S分析をもって「9」に引き上げます。
P/L(利益)が一時的に落ち込んでいるにもかかわらず、「本業の現金獲得能力(営業CF)」はP/Lの数字以上に強力であることが証明されました。
さらに、その稼いだ現金を、経営陣が自信をもって「未来への投資(投資CF)」と「超大型の株主還元(財務CF)」に振り分けている事実も確認できました。
「P/Lが不調」→「B/Sは鉄壁」→「C/S(現金力)は絶好調」
この3つが揃った今、P/Lの一時的な不調は「ノイズ(騒音)」であり、本質は「圧倒的な現金創出力を持つ優良企業」であると結論付けられます。
第1回で懸念した塩化ビニル事業の回復が遅れたとしても、この現金力と財務体力があれば、株主還元を続けながら余裕で耐えきれます。これは長期投資家にとって、またとない「買い」のシグナルだと判断します。
【次回予告】
さて、私たちは「営業CF」から「投資CF」を引いた「フリー・キャッシュ・フロー(FCF)」こそが、企業が自由に使える現金だと学びました。
(信越化学の場合: 営業CF 3,470億円 – 設備投資 2,139億円 = FCF 1,331億円)
しかし、この計算は本当に正しいのでしょうか?
プロの投資家は、もっと厳密な方法でFCFを計算します。
「減価償却費」は本当に無視していいのか?「運転資本」の増減は?
次回、第4回:【フリー・キャッシュ・フロー(FCF)分析】その企業は本当に「自由に使える現金」を生み出しているか? で、投資家が最も愛する指標「FCF」の神髄に迫ります。お楽しみに。
免責事項
本記事は、企業分析に関する情報提供を目的としており、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。株式投資は、元本を割り込むリスクを伴います。投資に関する最終的な決定は、ご自身の判断と責任において行われますようお願い申し上げます。本記事の情報に基づいて生じたいかなる損害についても、筆者および関係者は一切の責任を負いません。

