
こんにちは、あなたの投資学習パートナー、makoです。
「この会社、総資産が10兆円もあって、すごく大きい!」 「純利益が100億円も出ている!なんて優良なんだ!」
そう思って投資したのに、株価が全然上がらない…。そんな「大きくて立派な」会社に投資して、退屈な思いをしたことはありませんか?
実は、多くの投資家が「資産の大きさ」や「利益の金額」という「絶対額」に目を奪われてしまい、その会社が「資産をどれだけ効率よく使って利益を生み出しているか」という「効率(収益性)」のチェックを怠っています。
例えるなら、「100億円の超豪華なキッチン(総資産)を持っているのに、1日に10個しかパンを焼けない(純利益)レストラン」に投資してしまっているかもしれません。私たちが投資したいのは、「小さくても効率的なキッチン(資産)で、1日に1000個のパンを焼く(純利益)レストラン」だと思いませんか?
この記事を読み終える頃には、あなたも「ROE」と「ROA」という2つの最強の「効率測定メジャー」を使いこなし、その企業が「怠惰な巨人」なのか、それとも「筋肉質で俊敏な稼ぎ手」なのかを、プロと同じ視点で見抜けるようになっているでしょう。
投資の基本:「ROA」と「ROE」とは何か?
収益性を測る指標はたくさんありますが、伝説的な投資家ウォーレン・バフェット氏をはじめ、多くのプロが最も重視するのがこの2つです。
1. ROA (Return On Assets:総資産利益率)
- 計算式:
ROA (%) = 当期純利益 ÷ 総資産 × 100 - 意味:「会社が持つ**『すべての財産(総資産)』**を使って、どれだけ効率よく利益を生み出したか」
- 例え:これは「レストラン全体の効率」です。 レストランを経営するには、自分のお金(純資産)も、銀行からの借金(負債)も、すべて合わせた「総資産(=お店全体)」を使います。ROAは、そのお店全体を使って、どれだけ利益を出せたかを示す「総合力」です。
2. ROE (Return On Equity:自己資本利益率)
- 計算式:
ROE (%) = 当期純利益 ÷ 自己資本(純資産) × 100 - 意味:「株主が出した**『自分のお金(自己資本)』**だけを使って、どれだけ効率よく利益を生み出したか」
- 例え:これは「株主から見た効率」です。 あなたが友人に「100万円(自己資本)」を預けて、彼がそれを元手に1年間で10万円の利益(純利益)を生み出したら、あなたから見た「ROE」は10%です。これこそ、株主である私たちが「この会社、預けたお金を上手に使ってくれてるな!」と判断するための、最重要指標です。
ROEとROAの「危険なワナ」:借金(レバレッジ)の魔法
ここで、多くの初心者が陥る「ワナ」があります。 「ROEが高い会社は、何でも素晴らしい!」と信じ込んでしまうことです。
例:2つのレストラン
- A店(堅実店)
- 総資産:1,000万円
- (内訳)自己資本:1,000万円、借金:0円
- 純利益:100万円
- ROA = 10% (100万 / 1,000万)
- ROE = 10% (100万 / 1,000万)
- B店(借金店)
- 総資産:1,000万円
- (内訳)自己資本:100万円、借金:900万円
- 純利益:100万円
- ROA = 10% (100万 / 1,000万)
- ROE = 100% (100万 / 100万)
さあ、大変です。 B店の「ROE」は、驚異の100%です。しかし、その中身は、自分の10倍もの借金(レバレッジ)によって生み出された「見かけ上」の効率です。もし不景気になって利益が0になれば、B店は900万円の借金返済に追われて一瞬で倒産します。
A店のROEは10%と地味ですが、ROAも10%です。借金がないため、倒産リスクはゼロに近いです。
【結論】 **ROEとROAの「差」**は、その会社がどれだけ「借金(レバレッジ)」に頼っているかを示します。 ROEだけを見て「高い!」と喜ぶのではなく、必ずROAも見て、「その高さは、借金で水増しされていないか?」を確認する必要があります。
【makoの深掘りファクトチェック】 なぜ「ROE 10%」「ROA 5%」が目安なのか?
ここで、先ほどのご質問にお答えします。 「makoさん、20%の方が良いに決まってる。なぜそんな地味な数字を目安にするの?」
おっしゃる通り、もちろんROE 20%やROA 10%の企業の方が「はるかに優秀」です。
私たちが使う「ROE 10-15%」や「ROA 5%」という数字は、大学受験でいう「合格最低ライン(偏差値55-60)」です。 ROE 20%超えは「東大合格ライン(偏差値70)」です。
私たちは、できれば「東大(ROE 20%)」に投資したい。しかし、世の中のほとんどの企業はそこまで達していません。 だから、投資家はまず、「最低でもこのラインは超えていないと、投資対象として議論する価値さえない」という「足切り(ハードル)」として、これらの目安を使っているのです。
では、その「最低ライン」の根拠は何か?
【根拠①】なぜROEは「10-15%」か? → 「株主の期待コスト」だから
- 問い:あなたはなぜ、わざわざリスクを取って「個別株(信越化学)」に投資するのですか?
- 答え:それは、「市場全体(インデックスファンド)」に投資するよりも、高いリターンが期待できると信じているからですよね。
- 事実:日経平均やS&P 500(米国の株価指数)の過去の平均リターン(年率)は、歴史的に**約7%~10%**と言われています。
- 結論:もし、あなたが投資しようとしている会社の「稼ぐ効率(ROE)」が**5%**しかなかったら? それは、頭を使わずにインデックスファンド(平均7-10%)に投資するよりも「効率が悪い」ということです。そんな会社に、わざわざ「倒産リスク」という集中砲火を浴びに行って投資する意味がありません。
- だから:投資家は、企業に対して「市場平均(7-10%)を確実に上回る、最低限の要求」として、「ROE 10%~15%」というハードルを設けているのです。
【根拠②】なぜROAは「5%」か? → 「会社の資本コスト」だから
- 問い:会社が事業に使う「総資産(お店全体)」のお金は、どこから来ましたか?
- 答え:それは「株主からのお金(純資産)」と「銀行からのお金(負債)」の2つです。
- 事実:これらの「お金」には、調達コストがかかります。
- 銀行は「金利(例:年1-2%)」を要求します。
- 株主は「期待リターン(=ROE 10%)」を要求します。
- 結論:この2つを平均した「会社がお金を集めるための平均コスト(WACCと言います)」は、業種にもよりますが、ざっくり**年3~4%くらいかかるとします。 もし、その会社が必死に稼いだ「総合力(ROA)」が2%**だったら、どうでしょう? 「お金を集めるコスト(4%)」よりも、「稼ぐ力(2%)」が負けています。これは、事業をやればやるほど「価値を破壊している」状態です。
- だから:投資家は、「お金を集めるコスト(3-4%)を確実に上回り、新しい価値を生み出している」と判断できる「最低ライン」として、「ROA 5%」を目安にしているのです。
実践分析:信越化学工業の「稼ぐ効率」を判定する
それでは、この「ハードル」を持って、信越化学工業の「効率性」を測ってみましょう。 私たちは、この会社が「鉄壁のB/S」と「不調なP/L」を持つことを知っています。はたして、その効率は?
【データ収集】(決算短信より)
- ① 親会社株主に帰属する中間純利益: 2,578億44百万円
- ② 年間換算 純利益 (① × 2): 5,156億88百万円 (※ ROE/ROAは年率で見るため、中間期の利益を2倍して年換算します )
- ③ 総資産 (期首): 5兆6,366億 1百万円
- ④ 総資産 (期末): 5兆3,567億17百万円
- ⑤ 平均 総資産 ( (③+④)÷2 ): 5兆4,966億59百万円 (※ 効率を測るには、期中平均の資産額を使います)
- ⑥ 自己資本 (期首): 4兆6,562億36百万円
- ⑦ 自己資本 (期末): 4兆2,167億94百万円
- ⑧ 平均 自己資本 ( (⑥+⑦)÷2 ): 4兆4,365億15百万円
【効率性の計算】
1. ROA (総合力) = ② 年換算 純利益 / ⑤ 平均 総資産 ROA = 5,156億88百万円 / 5兆4,966億59百万円 ROA = 9.38%
2. ROE (株主目線) = ② 年換算 純利益 / ⑧ 平均 自己資本 ROE = 5,156億88百万円 / 4兆4,365億15百万円 ROE = 11.62%
(※ このROE 11.6%という数字は、決算短信P.4に記載の「ROE(年換算) 11.6%」 と一致し、計算が正しいことが証明されました。)
【この数字が語る「物語」】
さあ、判定結果が出ました。この数字が語る「物語」を読み解きましょう。
1. ROA 9.38%(総合力) → 「東大に迫る、驚異的な効率」 まず、ROAが9.38%です。 目安である「5%(合格ライン)」を遥かに超え、「10%(東大ライン)」に迫る、驚異的な数字です。 これは、信越化学が「借金も含めた会社全体の資産」を、極めて効率的に使って利益を生み出している「超優良な経営体質」であることの動かぬ証拠です。 第1回で「P/L不調」と分析しましたが、それでもなお、この高効率を叩き出しているのです。
2. ROE 11.6%(株主目線) → 「堅実で質の高い効率」 次に、ROEは11.6%です。 これは、優良の目安である「10%」は超えていますが、「15%」には届いていません。「まあまあ良い」というレベルに見えます。 しかし、ここで「借金のワナ」を思い出してください。
3. ROEとROAの「差」 → 「鉄壁のB/S」の裏付け
- ROE (11.6%)
- ROA (9.4%)
- その差: わずか 2.2%
この「差の小ささ」こそ、信越化学の「最強の強み」です。 これは、先ほどの例でいう「B店(借金店)」とは真逆の、「A店(堅実店)」の姿です。 信越化学は、借金(レバレッジ)にほとんど頼らず、「実力(ROA 9.4%)」だけで、ROE 11.6%を叩き出しているのです。
これは、第2回で見た「自己資本比率78.7%」 という鉄壁のB/Sの「答え合わせ」です。 ROEが11.6%に留まっているのは、「借金をしてまでROEを無理やり高める」という危険な経営をしていないからであり、この11.6%という数字は、非常に「安全」で「質の高い」効率性を示しているのです。
4. 効率は「悪化」したのか?(前年比) 決算短信には、前年の中間期のROEが「13.1%」だったと書かれています 。 「13.1% → 11.6%」に悪化していますね。
なぜ悪化したのでしょうか? ROEの計算式 (純利益 / 自己資本) を見れば一目瞭然です。 第1回で分析した通り、分子である「純利益」が、市況悪化によって12.3%も減少した からです。 第2回で見たように、分母である「自己資本」も自社株買いで減りましたが、それ以上に「純利益」の落ち込みが大きかったため、結果としてROEも低下したのです。
【結論】 信越化学の収益性は、「総合力(ROA)は世界トップクラス。株主効率(ROE)も、借金に頼らない極めて質が高く堅実なレベル」だと判断できます。
まとめと次へのステップ
本日の冒険のまとめです。
- **ROA(総合力)**は「会社の資本コスト」を上回るかが焦点(目安5%超)。
- **ROE(株主目線)**は「市場平均(インデックス)」を上回るかが焦点(目安10-15%超)。
- 信越化学はROA 9.4%と超高効率。ROE 11.6%も、借金に頼らない「質の高い」効率であり、P/L(利益)の不調がそのままROEの低下に直結していた。
これで、財務三表(第1部)と、その応用(第2部)の主要な分析が完了しました。
それでは、今日あなたに挑戦してほしい「ベビーステップ」です。 今日の課題は、たった一つ。あなたの気になる企業のIRページで、**「ROE」**という数字を一つだけ見つけてみてください。 その数字は、10%を超えていますか? 15%を超えていますか?
【投資判断:10段階評価】(10/29 収益性分析を反映)
【 9 】(長期的視点での「強気買い」)
理由: 評価は「9」で据え置きです。今回のROE/ROA分析は、これまでの「強気」という判断を、数学的に「証明」するものとなりました。
「P/L不調」という弱点はありますが、
- 本業の「総合力(ROA)」が9.4%と極めて高く、経営が非常に効率的であること。
- 「株主効率(ROE)」が11.6%と堅実で、かつ借金に頼らない「質が高い」利益であること。 が証明されました。
「P/L不調」という逆風下ですら、これだけの「高効率」を維持できる経営体力は、まさに「筋肉質な優良企業」の証です。長期投資家として、安心して資本を預けられると判断します。
【次回予告】 さて、私たちは信越化学が「安全(B/S)」で「現金力(C/S)」も強く、「効率的(ROE/ROA)」であることも知りました。
しかし、この「安全性」は、本当に万全でしょうか? 第2回で見た「自己資本比率78.7%」は確かに鉄壁です。 では、**「明日、突然1,000億円の支払いが来ても、本当に大丈夫なのか?」**という、「短期的な支払い能力」はどうでしょう?
次回、第6回:【安全性分析】自己資本比率と流動比率で、企業の「守りの硬さ」を徹底解剖 で、企業の「長期の体力」と「短期の体力」という2つの側面から、信越化学の「守りの硬さ」を徹底的にストレステストします。お楽しみに。
免責事項
本記事は、企業分析に関する情報提供を目的としており、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。株式投資は、元本を割り込むリスクを伴います。投資に関する最終的な決定は、ご自身の判断と責任において行われますようお願い申し上げます。本記事の情報に基づいて生じたいかなる損害についても、筆者および関係者は一切の責任を負いません。

