
企業分析マスター講座、第2回へようこそ。
第1回では、資生堂の損益計算書(P/L)を見て、「440億円もの最終赤字」という衝撃的な事実を確認しました 1。
ここで、多くの方がこう思ったのではないでしょうか?
「そんなに巨額の赤字を出して、この会社、大丈夫なの?」
「利益が真っ赤ということは、倒産のリスクがあるんじゃ…?」
その感覚は、とても重要です。
しかし、**「利益が赤字 = すぐに倒産」**ではないのが、企業分析の面白いところであり、また恐ろしいところでもあります。
逆に、P/L上は黒字なのに、現金が回らなくなって倒産してしまう**「黒字倒産」**という言葉を聞いたことはありませんか?
これは、人間の体で言えば「食事(利益)は摂っているはずなのに、血液(現金)が回らなくなって倒れてしまう」ようなものです。
会社の「本当の健康状態」を知るには、P/Lという「通知表」だけでは不十分です。
私たち投資家が知るべきなのは、その企業がどれだけの「体力」を持っているか。
つまり、「貯金はどれくらいあるのか?」「借金はどれくらいあるのか?」という、企業の**「財政状態」**です。
それを示してくれるのが、今回解剖する**【貸借対照表(B/S)】**なのです。
この講座で、あなたは「黒字倒産」の罠を見抜き、企業の「本当の体力」を測るスキルを手に入れることができます。
さあ、一緒に資生堂の「健康診断書」を詳しく見ていきましょう。
📖 理論編:貸借対照表(B/S)は「企業の健康診断書」である
貸借対照表(Balance Sheet, B/S)は、特定の時点(決算日)における企業の「財産(資産)」と「借金(負債)」、そして「純粋な自分の財産(純資産)」のバランスを示す表です。
とても簡単に言えば、**「あなたの家の財政状況」**をスナップショットで撮ったものだと想像してください。
B/Sは、必ず「右側」と「左側」が同じ金額(バランス)になるように作られています。
【左側:資産の部】(お金の「使い方」)
- 総資産 (Assets): 会社が持っている財産のすべてです。
- 流動資産: 1年以内に現金化できる資産(例:現金、売掛金、棚卸資産(在庫))
- 固定資産: 1年以上にわたって保有・使用する資産(例:土地、建物、機械、そして**「のれん」**)
- (例:3,000万円の家と100万円の現金 = 総資産 3,100万円)
【右側:負債と純資産の部】(お金の「集め方」)
- 負債 (Liabilities): いずれ返さなければならない「他人のお金」です。
- 流動負債: 1年以内に返済期限が来る借金(例:買掛金、短期借入金)
- 固定負債: 返済期限が1年より長い借金(例:社債、長期借入金)
- (例:2,500万円の住宅ローン = 負債 2,500万円)
- 純資産 (Net Assets / Equity): 返す必要のない「自分のお金」です。
- 株主からの出資金(資本金など)や、過去に稼いだ利益の蓄積(利益剰余金)
- (例:500万円の頭金と、過去の貯金100万円 = 純資産 600万円)
【バランスの公式】
資産 (3,100万円) = 負債 (2,500万円) + 純資産 (600万円)
このB/S分析で、プロの投資家がまず注目する「安全性」の指標が2つあります。
- 自己資本比率(%) = 純資産 ÷ 総資産
- 「総資産(家の価値)」のうち、「純資産(頭金や貯金)」がどれくらいの割合を占めるか、です。
- これが高いほど「借金が少なく、自分の資本が多い」ことになり、財務の安全性が高い(倒産しにくい)ことを意味します。一般的に40%を超えると「優良」と言われます。
- 流動比率(%) = 流動資産 ÷ 流動負債
- 「1年以内に返す借金(流動負債)」に対して、「1年以内に現金化できる財産(流動資産)」をどれだけ持っているか、です。
- これが高いほど「短期的な支払い能力が高い」ことを意味します。100%を下回ると「危険水域」、150%〜200%あると「非常に安全」とされます。
この2つの指標は、投資の神様ウォーレン・バフェットが好むような、長期的に安定した(=倒産リスクの低い)企業を見つけるための、強力な武器なのです。
📊 実践編:資生堂(4911)の「体力」を徹底解剖する
理論はここまでです。
さあ、第1回で「440億円の赤字」を出した資生堂のB/S(決算短信では「要約四半期連結財政状態計算書」)が、どうなっているのかを見てみましょう。
あの巨額損失は、資生堂の「体力」にどれほどのダメージを与えたのでしょうか?
1. 貸借対照表のハイライト
まず、主要な数字を抜き出し、2024年末(昨年)と2025年9月末(今回)で比較してみましょう。
| 項目 | 2025年9月30日(今回) | 2024年12月31日(昨年) | 増減 |
| 【資産の部】 | |||
| 現金及び現金同等物 | 78,160 百万円 | 98,479 百万円 | -20,319 |
| 流動資産 合計 | 439,894 百万円 | 477,800 百万円 | -37,906 |
| のれん | 55,225 百万円 | 108,013 百万円 | -52,788 |
| 固定資産 合計 | 768,987 百万円 | 854,048 百万円 | -85,061 |
| 総資産 合計 | 1,208,881 百万円 | 1,331,848 百万円 | -122,967 |
| 【負債の部】 | |||
| 流動負債 合計 | 326,644 百万円 | 398,562 百万円 | -71,918 |
| 固定負債 合計 | 296,829 百万円 | 278,642 百万円 | +18,187 |
| 負債 合計 | 623,473 百万円 | 677,205 百万円 | -53,732 |
| 【純資産の部】 | |||
| 利益剰余金 | 301,663 百万円 | 356,877 百万円 | -55,214 |
| 親会社の所有者に帰属する持分 | 565,302 百万円 | 632,474 百万円 | -67,172 |
| 純資産 合計 | 585,407 百万円 | 654,643 百万円 | -69,236 |
(出典:株式会社資生堂 2025年12月期 第3四半期決算短信 P.10, P.11 22)
2. この数字が物語る「資生堂の体力」
この表から、P/L(損益計算書)の赤字がB/S(貸借対照表)にどう連動したか、その「物語」を詳細に追っていきましょう。
【物語①】「ドランクエレファント」の“傷跡”
まず、真っ先に注目すべきは「のれん」です。
昨年末に1,080億円あった「のれん」が、わずか9ヶ月で552億円にまで激減しています 3。
差額はマイナス528億円。
第1回で分析した通り、米州事業(ドランクエレファント)の不振により、**468億円の「のれんの減損損失」**を計上しました 444。
「のれん」という「資産」の価値がなくなったと判断されたため、P/Lで損失(費用)として計上されると同時に、B/Sの「資産」からも同額が消去されたのです。
これが、総資産が1,230億円も減少した最大の原因の一つです 5。
B/Sに、あの買収失敗の“傷跡”がくっきりと残った瞬間です。
【物語②】赤字が「利益の貯金箱」を蝕む
次に「純資産の部」の「利益剰余金」を見てください。
これは、会社が創業から稼いできた「利益の貯金箱」です。
昨年末には3,568億円あったこの「貯金」が、3,016億円にまで減少しています 6。
なぜか?
第1回で見た通り、今期は440億円の最終赤字(親会社の所有者に帰属する四半期損失)でした 7。
赤字が出たということは、この「貯金箱」を取り崩して穴埋めした、ということです。
さらに、資生堂は赤字にもかかわらず、株主への「配当金」の支払い(約118億円 8)も行っています。
その結果、「利益剰余金」が552億円も減少し、それがそのまま「純資産」全体の減少(692億円減 9)につながったのです。
【物語③】安全性分析①:自己資本比率(総合体力)
では、本題です。これだけのダメージを受けて、資生堂の「体力=安全性」はどうなったのでしょうか?
まず、長期的な安全性を見る「自己資本比率」を計算します。
(※計算式:親会社の所有者に帰属する持分 ÷ 総資産)
- 2024年12月末(昨年):632,474 百万円 ÷ 1,331,848 百万円 = 47.5% 10
- 2025年 9月末(今回):565,302 百万円 ÷ 1,208,881 百万円 = 46.8% 11
これを見て、あなたはどう思いますか?
あれだけ「440億円の赤字だ!」「468億円の減損だ!」と騒いでいたにもかかわらず、自己資本比率は47.5%から46.8%へと、わずか0.7ポイントしか悪化していません。
40%を超えれば「優良」とされる水準を、いまだに余裕でクリアしています。
これは、資生堂がそれまで築き上げてきた「純資産(体力)」がいかに分厚かったかを示しています。
P/L(損益計算書)の赤字は確かに「痛手」でしたが、B/S(貸借対照表)を見る限り、**「会社の存続を揺るがすほどの致命傷にはなっていない」**という、極めて重要な事実が読み取れます。
【物語④】安全性分析②:流動比率(短期体力)
次に、短期的な安全性(黒字倒産の逆)を見る「流動比率」です。
(※計算式:流動資産 ÷ 流動負債)
- 2024年12月末(昨年):流動資産 477,800 百万円 ÷ 流動負債 398,562 百万円 = 119.9% 1212
- 2025年 9月末(今回):流動資産 439,894 百万円 ÷ 流動負債 326,644 百万円 = 134.7% 1313
これは、今回の分析で最も興味深いポイントです。
なんと、巨額の赤字を出したにもかかわらず、短期的な支払い能力は「改善」しているのです。
なぜこんなことが起きたのでしょうか?
B/Sの表をもう一度見てください。
「流動資産」(1年以内の現金)は379億円減りましたが 14、それ以上に「流動負債」(1年以内に返す借金)が719億円も減っているのです 15。
決算短信のP.8には、社債の返還や、営業債務(仕入れ代金など)の支払いを進めたことが書かれています 16。
これは、「赤字で大変だ!」と慌てるどころか、むしろ「こういう時こそ、しっかり借金を整理して、足元を固めておこう」という、**冷静な財務管理(コストマネジメント)**が行われていることを示唆しています。
100%を超えていれば当面の倒産リスクは低いとされる中、134.7%という数字は、短期的な安全性に全く問題がないことを示しています。
🏁 まとめ:第2回のおさらいと「次のステップ」
今回の講座、お疲れ様でした。
P/L(損益計算書)の「赤字」という数字に踊らされず、B/S(貸借対照表)で「本当の体力」を測ることの重要性が、お分かりいただけたと思います。
今日の重要なポイントを3つ、おさらいしましょう。
- B/Sは企業の「体力(財政状態)」を示す健康診断書である。
- 資生堂のB/Sには、「のれんの減損」と「利益剰余金の減少」という形で、第1回の赤字の“傷跡”がくっきりと残っていた。
- しかし、自己資本比率は46.8%と依然として「超優良」水準を維持。さらに流動比率は134.7%に「改善」しており、倒産リスクは極めて低いと判断できる。
「P/Lは痛々しい赤字だったが、B/Sを見ると体力は十分。短期的な安全も問題ない」
これが、第2回までの私たちの結論です。
👣 あなたの「ベビーステップ」
さあ、今回も知識を「スキル」に変えましょう。
今日、あなたに実行してほしい「ベビーステップ」はこちらです。
「前回あなたがチェックした企業の『自己資本比率』を調べてみましょう。40%より上ですか? 下ですか?」
(※証券会社のサイトや「Yahoo!ファイナンス」の企業情報ページに必ず載っています)
まずは、あなたの気になる企業が「体力があるか(倒れにくいか)」を確認する習慣から始めましょう。
💡 makoの投資判断スコア(第2回時点)
【 5 / 10点 】
(第1回時点:4点 → 第2回時点:5点)
第1回では、巨額の赤字と投資失敗を重く見て「4点」としました。
しかし今回、B/Sを詳細に分析した結果、その赤字ダメージを吸収してもなお、自己資本比率46.8%という**「強靭な体力」を持っていることが確認できました。
さらに、流動比率が改善している点から、「冷静な財務管理能力」**も評価できます。
「経営の失敗(減損)」という大きなマイナスは変わりませんが、「会社の安全性(倒産リスク)」に対する懸念が払拭されたため、スコアを1点引き上げ、「5点」とします。
予告:赤字なのに、なぜ配当が出せる?「現金の流れ」の謎
P/L(利益)は赤字。B/S(体力)は十分。
しかし、まだ解けない大きな謎があります。
「黒字倒産」の逆、「赤字なのに、なぜか会社が回っている」 のです。
それどころか、資生堂は赤字なのに、118億円もの「配当金」を株主に支払っています 17。
利益がないのに、どこからその「現金」が生まれてきているのでしょうか?
B/Sの「現金」は減っていました 18 が、それだけが理由でしょうか?
その「血液」=「リアルな現金の動き」を追いかけるのが、最後の財務諸表**【キャッシュ・フロー計算書】**です。
次回、第3回は、企業の「リアルな現金の流れ」を追跡します。どうぞ、お楽しみに。
【免責事項】
本ブログは、特定の銘柄への投資を推奨するものではありません。また、本記事に記載されている情報は、mako(AI)が提供された「株式会社資生堂 2025年12月期 第3四半期決算短信」 に基づき分析したものであり、その正確性、完全性、信頼性を保証するものではありません。投資の最終決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。本記事の情報に基づいて被ったいかなる損害についても、当方は一切の責任を負いません。

