企業分析マスター講座(実践編)第8回:【定性分析①】数字の裏にある「物語」を読め! ビジネスモデルと競合比較で暴く、資生堂の“苦戦の真因”

こんにちは、makoです。 企業分析マスター講座、第8回へようこそ。

投資の世界には、こんな言葉があります。

「定量分析(数字)は、過去を語る。定性分析(物語)は、未来を語る」

私たちが前回まで見てきた「ROE」や「流動比率」は、あくまで「健康診断の結果」です。 「コレステロール値が高い(在庫が多い)」ことは分かりました。でも、なぜ高くなったのでしょうか? 「食べ過ぎ(作りすぎ)」なのか、「運動不足(販売不振)」なのか、それとも「体質(ビジネスモデル)」のせいなのか?

ここを知らなければ、病気が治る(株価が上がる)かどうかは予測できません。

今日は、資生堂という企業の「体質(ビジネスモデル)」を、世界王者「ロレアル(仏)」と比較しながら診断します。 すると、第5回で見つけた「1,500億円の重い在庫」の正体が、単なる失敗ではなく、かつて生き残るために選んだ「退路なき戦略」の副作用であったことが見えてくるはずです。


📖 理論編:「定性分析」で見るべき2つの視点

定性分析に決まった計算式はありませんが、プロが必ずチェックする視点があります。

1. ビジネスモデルと「経済的な堀」

  • どうやって稼いでいるか? 誰に、何を、どうやって売っているのか。
  • 経済的な堀(Moat): ウォーレン・バフェットが重視する概念です。ライバルが攻めてきても崩されない「圧倒的な強み」はあるか?
    • ブランド力: 「高くても、あえてそれが欲しい」と思わせる力。
    • スイッチングコスト: 「他社に乗り換えるのが面倒・怖い」と思わせる力(化粧品はこれが強いです。「肌に合うものを変えるのは怖い」心理)。

2. 競合比較(相対評価)

  • ライバルと比べてどうか? その業界の中で「勝ち組」なのか「負け組」なのか。
  • 業界全体が沈んでいるなら「我慢の時」ですが、ライバルが伸びているのに自社だけ沈んでいるなら「経営の失敗」です。

🔍 実践編:資生堂(4911)の「物語」を読み解く

さあ、理論はここまでです。 資生堂の決算短信の裏側にある「物語」を、3つのパートで読み解きましょう。

1. ビジネスモデル:「一本足打法」を選ばざるを得なかった理由

資生堂は近年、低価格帯の日用品(シャンプーのTSUBAKIなど)を売却し、高価格帯の**「プレステージ(高級化粧品)」に経営資源を集中させる戦略をとってきました。 そして、その高級品を最も高く買ってくれる「中国市場」「トラベルリテール(免税店)」**に全賭けしました。

なぜ、こんなリスクの高い「一本足打法(2つのエンジン)」を選んだのでしょうか? それは、2010年代前半の資生堂が「全方位」をやろうとして失敗し、「器用貧乏で利益が出ない」経営危機に陥っていたからです。

  • 当時の決断: 「世界で生き残るためには、中途半端な全方位では勝てない。得意な『高級品』に全てを集中させるしかない」

これは、自ら退路を断って生存を図る、**必要な「賭け」でした。 この戦略は2019年頃までは大成功しましたが、頼みの綱である「中国・免税店」が崩れた今、その副作用が「逃げ場のない失速」**として襲いかかっているのです。

2. 「1,500億円の在庫」の正体:崩れた“勝利の方程式”

第5回で発見した「当座比率88.8%」という弱点と、「1,500億円の在庫」。 この正体は、**「トラベルリテール(免税店)バブルの崩壊」**です。

かつて、韓国や中国海南島の免税店は、資生堂にとって「ドル箱」でした。 そこには純粋な旅行客だけでなく、**「Daigou(代購)」**と呼ばれる転売バイヤーたちが殺到し、資生堂の商品を大量に買い付け、中国本土で転売していました。 メーカー側も、それを黙認し、彼らが買ってくれることを前提に工場をフル稼働させ、在庫を積み上げました。

しかし、中国政府の規制強化や景気悪化により、この「転売バブル」が弾けました。 その結果、「売れるつもりで作った高級化粧品」が、行き場を失って倉庫に山積みになったのです。 あの重い在庫は、単なる発注ミスではなく、**「特定のチャネル(転売依存の免税店)に過度に依存したビジネスモデルの崩壊」**を意味しているのです。

3. 競合比較:世界王者「ロレアル」との決定的な差

では、世界No.1のロレアル(仏)はどうでしょうか? 実は、ロレアルも中国市場では苦戦しています。しかし、彼らの業績全体は崩れていません。 ここに、資生堂との決定的な「差」があります。

  • エンジンの数の違い:
    • 資生堂(エンジン2つ): 「プレステージ」×「中国・免税店」。片方が止まり、失速しました。
    • ロレアル(エンジン4つ): 「プレステージ」だけでなく、「大衆向け(メイベリン)」、「サロン向け」、そして今爆発的に伸びている**「ダーマトロジカル(機能性スキンケア)」**を持っています。

ロレアルは、中国がダメでも、欧州や機能性スキンケア(ラ ロッシュ ポゼなど)で稼ぐことができる**「全天候型」のポートフォリオ**を持っています。

  • なぜ資生堂は真似できないのか?(規模の壁): ロレアルの売上は約6兆円、資生堂は約1兆円です。 圧倒的な資金力があるロレアルは、4つのエンジン全てに燃料(投資)を注ぎ続けられますが、資金が限られる資生堂は、生き残るために「1つの最強エンジン(高級品)」に絞るしかなかったのです。

【比較からの結論】 資生堂の苦戦は、経営の怠慢というよりは、**「中規模のプレイヤーが世界で戦うために選んだ『一点突破戦略』が、市場環境の激変によって裏目に出た」**という、構造的な悲劇と言えます。

そして、そこからの脱却を目指して買収したのが、あの「ドランクエレファント(米州・欧州向け)」でしたが、第1回で分析した通り、その挑戦も「468億円の減損」という失敗に終わってしまったのです。


🏁 まとめ:第8回のおさらいと「次のステップ」

今回の講座、お疲れ様でした。 数字の裏にある「物語」を知ることで、なぜ資生堂のROAが低いのか、なぜ在庫が重いのか、その“納得感”が深まったはずです。

今日の重要なポイントを3つ、おさらいしましょう。

  1. 資生堂の「高級品×中国依存」は、過去の経営危機から脱するために選んだ「生存戦略」の結果であり、それが現在の環境変化で裏目に出ている。
  2. 「重い在庫(1,500億円)」の正体は、転売バイヤー(Daigou)需要の消滅によって行き場を失った商品たちである。
  3. 4つのエンジンを持つ「ロレアル(6兆円)」に対し、資生堂(1兆円)は規模の壁から「一本足打法」を選ばざるを得ず、逃げ場のない構造的弱点を抱えている。

「財務は安全だが、ビジネスモデルの構造的転換に苦しんでいる」 これが、定性分析を加えた資生堂の評価です。

👣 あなたの「ベビーステップ」

さあ、今回も知識を「スキル」に変えましょう。 今日、あなたに実行してほしい「ベビーステップ」はこちらです。

「あなたが保有している(または気になっている)銘柄の『最大のライバル企業』を1社だけ、検索して見つけてください」 (例:トヨタならテスラかVW、ソニーなら任天堂かサムスン)

ライバルを知ることは、その企業をより深く知るための最短ルートです。

💡 makoの投資判断スコア(第8回時点)

【 5 / 10点 】 (維持) (第7回時点:5点 → 第8回時点:5点)

定性分析の結果、資生堂の抱える課題が「一時的な不運」ではなく、**「ビジネスモデルの構造的な行き詰まり」**であることが明確になりました。 世界王者ロレアルとの差(ポートフォリオの強さ)を見せつけられると、今の株価が「割高(第7回分析)」であるという懸念は拭えません。

しかし、腐っても「SHISEIDO」や「クレ・ド・ポー ボーテ」は世界に通用する強力なブランド(経済的な堀)です。このブランド力がある限り、復活の可能性は残されています。 期待と懸念が拮抗しているため、スコアは「5点」を維持します。

予告:この難局を、経営陣はどう乗り越える?

ビジネスモデルの課題は明確になりました。 では、経営陣はこの状況を指をくわえて見ているだけなのでしょうか? いいえ、彼らも必死に戦っています。

決算短信には、これからの「逆襲のシナリオ」と、それでも残る「リスク」が記されています。 次回、第9回は【定性分析②】。 資生堂の「経営戦略」と「リスク分析」を行い、この巨艦が再び浮上できるのか、その可能性を探ります。 どうぞ、お楽しみに。


【免責事項】 本ブログは、特定の銘柄への投資を推奨するものではありません。また、本記事に記載されている情報は、「株式会社資生堂 2025年12月期 第3四半期決算短信」および一般的な業界知識に基づき分析したものであり、その正確性、完全性、信頼性を保証するものではありません。特に、競合他社(ロレアル、エスティローダー等)に関する記述や業界動向は、本決算短信には直接記載されていない背景情報を含みます。投資の最終決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。本記事の情報に基づいて被ったいかなる損害についても、当方は一切の責任を負いません。

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