第1回:【損益計算書】企業の「稼ぐ力」を知る~日産自動車の決算短信を「ファクトチェック」して見えた、赤字の真犯人~

投資を始めたばかりのあなた。証券口座の画面を開いて、保有している株が値下がりしているのを見て、胃がキリキリするような感覚を覚えたことはありませんか?

「このまま下がったらどうしよう…」

「損をするのが怖い、でも売ってしまったら後で上がるかもしれない…」

そう感じるのは、あなただけではありません。行動経済学には**「損失回避の法則」**というものがあります。人間は、1万円の利益を得る喜びよりも、1万円の損失を被る痛みを2倍以上も強く感じる生き物なのです。だからこそ、不安に駆られて「なんとなく売る」「怖くて塩漬けにする」という、感情任せの失敗をしてしまいがちです。

でも、もしあなたが、その企業が「今、本当に稼げているのか」「会社が発表した赤字の理由は本当なのか」を、電卓を叩いて検証(ファクトチェック) できるようになったらどうでしょうか?

今日から始まる全10回の「企業分析マスター講座(実践編)」は、まさにそのための羅針盤です。第1回のテーマは、財務三表の一つ**「損益計算書(P/L)」。

今回は、日産自動車の衝撃的な赤字決算を題材に、表面上の数字だけでなく、その裏に隠された「1,000億円規模のコスト構造の崩壊」**までを徹底的に解剖します。

霧が晴れるように、投資の景色が変わる瞬間を、私makoと一緒に体験しましょう。未来の資産を守り、育てるための第一歩を、ここから踏み出しますよ!


1. 損益計算書(P/L)は、企業の「通信簿」

まずは、損益計算書(Profit and Loss Statement、略してP/L)の基本からお話ししますね。難しそうな名前に聞こえますが、これは要するに企業の**「1年間の成績表」、あるいは家計で言うところの「家計簿」**のようなものです。

「投資の神様」と呼ばれるウォーレン・バフェットは、かつてこう言いました。

「会計はビジネスの言語である。もしこの言語を理解できなければ、ビジネスを理解することはできない」

この言葉通り、P/Lを読めるということは、企業の言葉を理解するということです。P/Lには、大きく分けて3つの「利益」が登場します。これをカレーライス屋さんに例えてみましょう。

  1. 売上総利益(粗利):カレーを売った代金から、材料費(原価)を引いたもの。「商品の魅力」そのものです。
  2. 営業利益(本業の儲け):粗利から、お店の家賃やスタッフの給料(販管費)を引いたもの。これが最も重要です。なぜなら、その企業が本業でどれだけ強いかを示す「真の実力」だからです。
  3. 当期純利益(最終利益):営業利益から、銀行への利息支払いや税金、あるいは土地を売った臨時収入などを足し引きして、最終的に手元に残ったお金です。

多くの投資初心者は、最後の「純利益」だけを見がちです。しかし、プロの投資家やアナリストが真っ先に見るのは、間違いなく**「営業利益」**です。本業で稼げていないのに、たまたま土地を売って黒字になった企業を「優良企業」とは呼べないですよね?

ここが面白いポイントです。P/Lを見る時は、**「上から順に、物語を読み解くように」**数字を追っていくのがコツなんです。


2. 実践分析:日産自動車の「赤字転落」を読み解く

それでは、いよいよ実践です。今回ご提供いただいた**『日産自動車株式会社 2026年3月期 第1四半期決算短信』**を分析します。

(※ここでの「2026年3月期 第1四半期」とは、2025年4月1日から6月30日までの3ヶ月間の成績のことです 1)

まずは、日産自動車が発表した「連結経営成績」の主要な数字を整理してみましょう。

【日産自動車 2026年3月期 第1四半期 連結経営成績】

項目金額(百万円)前年同期比(増減率)makoの翻訳
売上高2,706,906△9.7%お客さんから受け取った代金が減った 2
営業利益△79,124赤字転落本業で約800億円もの大赤字を出してしまった 3
経常利益△109,231赤字転落利息などを払ったらさらに赤字が拡大 4
親会社株主に帰属する四半期純利益△115,758赤字転落最終的に会社に残るお金も大幅なマイナス 5

(出典:日産自動車株式会社 2026年3月期 第1四半期決算短信)

衝撃の「営業赤字」転落

数字を見て、どう思いましたか?

「△(マイナス)」のオンパレードですよね。特に注目すべきは、私が太字にした営業利益です。

前年の同じ時期は、かろうじて「9億9500万円」の黒字でした 6。それが今年は、一気に791億円もの赤字に転落しています。

会社側はこの理由を次のように説明しています。

「グローバル小売台数は前年同累計期間に比べ10.1%減の70万7千台となりました。」7「営業損失は791億円となり、前年同累計期間に比べ801億円の悪化となりました。これは主に、為替変動及び米国関税の影響によるものです。」8

「車が売れず、為替と関税のせいで800億円も悪化した」。

ふむふむ、なるほど……と、ここで終わらせてはいけません!

ここからが**「makoのファクトチェック」**のお時間です。この説明は、数字的に本当に正しいのでしょうか?


3. 徹底検証:赤字の「真犯人」を捜せ!

私はこの決算短信の隅々まで読み込み、電卓を叩いて計算してみました。すると、会社の説明だけでは見えてこない**「さらに深刻な実態」**が浮かび上がってきたのです。

① 実は「赤字」はもっとひどかった?(会計マジックの発見)

まず、「営業利益が801億円悪化した」という数字ですが、実はこれ、「会計ルールの変更」によって少し良く見せられた後の数字なんです。

「注記事項」という細かい文字のページを見ると、2つの重要な変更が書かれています。

  1. ソフトウェアの耐用年数変更: コンピュータソフトの償却期間を5年から8年に延ばしました。これにより、費用が減って利益が31億円増えました 9
  2. 製品保証引当金の見積もり変更: 車の保証費用の計算方法を変えました。これにより、費用が減って利益が288億円増えました 10

つまり、合計で約319億円も、計算ルールを変えたことによる「プラス」が含まれているのです。

もし、この変更がなかったら?

公表された801億円の悪化に319億円を足すと、**実質的なビジネスの悪化額は「約1,120億円」**に達します。

② 「為替と関税」は本当に主犯か?

会社は「為替と関税のせい」と言いますが、1,120億円もの穴をそれだけで説明できるのでしょうか? 因数分解してみましょう。

【要因A:車が売れなかったから(数量要因)】

販売台数は10.1%減りました 。

昨年の「売上総利益(粗利)」が約4,012億円だったので、単純計算でその10.1%が失われたとすると、

約405億円

これが「台数減」による純粋なダメージです。

【要因B:残りの「約715億円」の正体】

実質悪化額(1,120億円)から台数減(405億円)を引くと、約715億円もの「謎のコスト増」が残ります。

会社はこれを「為替と関税」と言いますが、ここに大きな落とし穴があります。

この期間、実は昨年よりも**「円高」(1ドル156円→145円程度と仮定)に振れている傾向があります。通常、円高になると海外売上の円換算額が減るため、これが数百億円規模のマイナス要因(目減り)になっているはずです。

つまり、「円安でコストが上がった」のではなく、「円高で売上が目減りした上に、コストが爆発的に上がった」**というのが正しい見方です。


4. 判明した「コスト構造崩壊」の恐怖

では、コスト爆発の正体は何でしょうか? 私はついに、決定的な証拠を見つけました。

「自動車事業」の原価率です。

セグメント情報 12 を使って計算してみましょう。

  • 昨年度の自動車事業:
    • 売上:2兆6,791億円
    • 売上原価:2兆3,906億円
    • 原価率:89.2%
  • 今年度の自動車事業:
    • 売上:2兆3,911億円
    • 売上原価:2兆2,629億円
    • 原価率:94.6%

見てください。原価率がたった1年で5.4ポイントも悪化し、**約95%**に達しています。

車を100万円で売っても、作るのに95万円もかかっているということです。これでは、販管費(家賃や広告費)を払ったら赤字になるのは当たり前です。

なぜここまで原価率が悪化したのか?(3つの複合パンチ)

  1. 工場の「稼働率の罠」:車が売れない(10%減)のに、工場の維持費(減価償却費など)は昨年と変わらず約734億円かかっています 13。作れば作るほど安くなる自動車ビジネスで、減産は「1台あたりのコスト急増」を招きます。
  2. 値上げができない弱さ:原材料費やインフレでコストは上がっているのに、販売競争が激しく、価格転嫁(値上げ)ができていません。むしろ、販売諸費(インセンティブなど)の比率は4.18%から4.42%へと悪化しており、**「コスト高の中で、無理をして売っている」**姿が浮かび上がります。
  3. 関税の直撃:会社の説明通り、米国などへの輸出にかかる関税が、利益を直接削り取っています。

makoの結論:

今回の日産の大赤字は、単なる「外部環境(為替・関税)」のせいだけではありません。

「売上が落ちたことで工場の効率が悪化し、さらにインフレや関税コストを価格に転嫁できないほど商品力が弱っている」

という、コスト構造(体質)の崩壊こそが真犯人です。


5. まとめ:数字の裏を読む投資家になろう

今回の第1回講座では、日産自動車のP/Lを深掘りし、表面的な「800億円の赤字」の裏にある「実質1,100億円級のビジネス悪化」と「原価率95%の衝撃」を暴き出しました。

投資家としてこのP/Lを見た時、「株価が下がったからチャンス!」と安易に飛びつくのがいかに危険か、お分かりいただけたでしょうか? 稼ぐ効率(原価率)がこれほど悪化している企業が復活するには、相当な痛みを伴う改革(工場の再編やリストラなど)が必要です。

【第1回のまとめ】

  1. P/Lは「営業利益」に注目せよ。 日産は本業で巨額赤字に転落し、稼ぐ力が失われている。
  2. 会計マジックを見抜け。 ルール変更による利益のカサ上げ(約320億円)を除くと、実態はさらに深刻である。
  3. 真の問題は「原価率の急騰」。 自動車事業の原価率は94.6%に達し、構造的な「稼げない体質」に陥っている。

【makoのアクションプラン】

「お手持ちの企業の決算短信を開き、『売上原価』を『売上高』で割ってみてください。その『原価率』が去年より上がっていたら、要注意信号です。」

たったこれだけの計算で、企業の健康状態が手に取るようにわかります。

さて、ここで一つの疑問が浮かびませんか?

「こんなに稼ぐ力が落ちて、日産はお金が尽きて倒産したりしないの?」

「売れ残った車(在庫)は、一体どこにいっちゃったの?」

その答えは、次回解説する**「貸借対照表(バランスシート)」**に隠されています。

次回、日産の金庫の中身と、積み上がった在庫の山を丸裸にします。果たして、巨額赤字に耐えられるだけの「体力」はあるのでしょうか? 意外な事実が待っていますよ。お楽しみに!


【makoの投資判断(今回のP/L分析に基づく)】

評価:1 / 10(※10点満点中)

理由:評価は最低レベルの「1」としました。

理由は、単に赤字だからではありません。**「原価率が約95%まで悪化している」**という構造的な問題が深刻すぎるからです。これは、車を売ってもほとんど利益が出ない体質になってしまったことを意味します。さらに、会計方針の変更で利益を嵩上げしている点も、実態の悪さを覆い隠そうとしているようで心証が良くありません。

明確な構造改革(固定費削減など)の効果が数字として表れるまでは、投資対象とするにはリスクが高すぎると判断します。

(出典:日産自動車株式会社 2026年3月期 第1四半期決算短信)


免責事項:

本記事は、提供された2026年3月期第1四半期決算短信のデータに基づき、教育目的で企業の財務状況を分析・推計したものです。記事内の推計値(為替影響、実質悪化額など)は、公表データに基づく筆者の試算であり、正確性を保証するものではありません。特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断は、最新の情報を確認の上、ご自身の責任で行ってください。

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