
皆さん、こんにちは!
前回の記事では、ネット検索などで手に入る「浅い知識」の危険性と、「知ったかぶり」のワナについてお話ししました。情報を知っているだけで「分かったつもり」になってしまう。これは、知性の成長にとって非常に大きなブレーキとなります。
では、どうすれば私たちは、そのブレーキを外し、物事の表面をなぞるだけではなく、その奥深くにある「本質」にまでたどり着けるのでしょうか。必要なのは、あと一歩だけ踏み込む**「勇気」です。そして、その勇気を具体的な行動に変える魔法の言葉が、「なぜ?」**です。
アイザック・ワッツは、知性を磨く者に対し、「表面的な理解に留まらず、時間と状況が許す限り物事の本質を深く探求すること」 を、非常に重要な原則として挙げています。今回は、この「なぜ?」というドリルを使って、物事の深奥、つまり本質にまで迫るための思考法を探っていきましょう。
「なぜなぜ5回」- 答えに飛びつかない粘り強さ
皆さんは、何か疑問を持った時、最初に見つけた「答え」で満足してしまっていませんか?
例えば、社会科の授業で「なぜ、この地域では米作りが盛んなのですか?」という問いが出たとします。 **「浅い思考」**は、「川があって水が豊富だから」という最初の答えに飛びつきます。テストで丸がもらえるかもしれませんし、一見、正しい答えのように思えます。
しかし、ワッツの教えに従う「探求者」は、そこで立ち止まりません。その答えに対して、さらに「なぜ?」を突きつけます。 「なぜ?」(1) → なぜ、川があると米作りにいいの? 答え(1) → 米は育つのに大量の水を必要とするから。
「なぜ?」(2) → なぜ、この地域の人々は、大量の水を必要とする米を選んだの? 答え(2) → この地域の気候(高温多湿)が米の栽培に適していたし、昔から主食として食べられてきたから。
「なぜ?」(3) → なぜ、この川は一年中、豊富な水量を保てるの? 答え(3) → 周囲の山々に降った雨や雪が、森に蓄えられ、少しずつ川に流れ出ているから(水源涵養機能)。
「なぜ?」(4) → ということは、もし山に木がなくなったら? 答え(4) → 水を一気に蓄えられなくなり、洪水や渇水が起こりやすくなり、米作りに打撃を与えるかもしれない…。
ほら、どうでしょう。「川があるから」という表面的な答えから始まった思考が、「気候」「文化」「地形」「森林の役割」といった、より深く、より複雑な物事の「本質」へとつながっていきました。たった一つの問いを突き詰めるだけで、世界が立体的に見えてくるのです。この「なぜ?」の連鎖をやめない粘り強さこそが、浅い知識を深い知恵に変える、第一の鍵となります。
「原因と結果」の鎖をたどる探偵になろう
「なぜ?」を突き詰める行為は、ある「結果」を生み出した「原因」を探る、探偵の捜査によく似ています。ワッツは、この**「原因と結果を探求すること」** を、知性を磨く上で独立した一つの章として扱うほど重視しました。
物事の本質は、多くの場合、この「原因と結果の連鎖」の中に隠されています。しかし、私たちはよく「Aが起きた後にBが起きた」というだけで、安易に「AがBの原因だ」と決めつけてしまいがちです。(これを「相関関係」と「因果関係」の混同と言います)
例えば、「夏になると、アイスクリームの売上が伸びる。そして、水難事故も増える」。 ここで浅い思考は、「アイスクリームが売れると、水難事故が増える(?)」という奇妙な結論を出してしまうかもしれません。 しかし、深く探求する「探偵」は、二つの事象に共通する「本質的な原因」を探ります。それはもちろん、「気温が上がるから」です。気温が上がる(原因)から、アイスが売れる(結果1)。気温が上がる(原因)から、海や川で泳ぐ人が増え、水難事故も増える(結果2)。
本質に迫るとは、このように目に見える現象(結果)に惑わされず、その裏にある「真犯人(本当の原因)」を突き止めることです。ワッツが言うように、「自身の理性による吟味と判断が不可欠」 なのです。ニュースやSNSで流れてくる情報を鵜呑みにせず、「その情報の裏にある、本当の原因は何だろう?」と考える探偵の目を持つこと。それが、物事の本質を見抜く力につながります。
一歩ずつ進む勇気 – 「分からない」は「分かる」の始まり
「本質」や「深奥」と聞くと、なんだかとても難しくて、自分には無理だと感じてしまうかもしれません。しかし、ワッツは私たちを励ますように、こうも言っています。「既知のものから未知のものへとゆっくりと漸進的に進むことが、知識を得る安全で確実な方法である」
最初から完璧な答えや、難解な本質を理解する必要はありません。大切なのは、今自分が「知っていること(既知)」を足場にして、そこから「知らないこと(未知)」へと、怖がらずに一歩を踏み出すことです。
「川があるから米が作れる」というのが、あなたの「既知」だとします。そこから「なぜ、川の水はなくならないんだろう?」という「未知」へ、ほんの少し足を踏み出してみる。その小さな一歩が、やがて森や山の生態系という、全く新しい世界への扉を開いてくれます。
「分からない」という状態は、恥ずかしいことではありません。それは、これから何か新しいことを学べるという、最高の「スタートライン」なのです。表面的な「分かったつもり」で満足する安易な道を選ばず、あえて「分からない」という不安な場所に一歩踏み込む。その知的な「勇気」こそが、あなたの思考を誰よりも深く、強く育ててくれるのです。
まとめ:「なぜ?」は、あなたの知性を掘り下げるドリルだ
今回は、物事の表面的な理解から一歩踏み込み、その本質に迫るための思考法についてお話ししました。
ポイントを振り返ってみましょう。 第一に、一つの答えに満足せず、「なぜ?」を粘り強く連鎖させることが、思考を深める第一歩であること。 第二に、物事の本質は**「原因と結果の連鎖」**の中にあることが多く、目に見える現象に惑わされず、真の原因を探る探偵の目を持つこと。 そして第三に、難しい本質にいきなり挑むのではなく、自分の「知っていること」を足場にして、一歩ずつ「知らないこと」へ踏み出す勇気が大切であること。
「なぜ?」という言葉は、あなたの知性を深く、深く掘り下げていくための、強力なドリルです。そのドリルを使うのは、最初は少し面倒で、エネルギーがいるかもしれません。しかし、掘り当てた時に湧き出してくる「ああ、そういうことだったのか!」という本質的な理解の喜びは、何物にも代えがたいものです。
【明日からできるアクションプラン】 今日、あなたが「当たり前だ」と思っている日常の習慣を一つ、選んでみてください。(例:「なぜ、毎朝歯を磨くんだろう?」「なぜ、信号は赤で止まるんだろう?」)そして、その「当たり前」に対して、「なぜ?」を3回以上、自分に問いかけてみてください。
その小さな問いかけが、あなたの日常を「当たり前」から「驚きと発見に満ちたもの」へと変え、物事の本質に迫る思考のトレーニングになるはずです。
