第3回:【キャッシュ・フロー計算書】企業の「リアルな現金の動き」を追う ~日産自動車の「血液」は流れているか? 金利8%の借金で生き延びる実態~

「黒字倒産」。

この言葉を聞いたことがありますか? 損益計算書(P/L)では「利益」が出ているのに、手元の現金がなくなって会社が潰れてしまう現象です。

逆に、何年も赤字なのに潰れない会社もあります。

なぜ、こんなことが起きるのでしょうか?

その答えは、**「利益は意見であり、現金は事実である(Profit is an opinion, Cash is a fact)」という投資の格言に集約されています。

会計上の「利益」は、計算ルールを変えれば(第1回で見たように)ある程度操作できます。しかし、銀行口座にある「現金」の残高は、誰にも誤魔化しようのない「真実」**です。

企業にとっての現金(キャッシュ)は、人間にとっての**「血液」と同じです。どんなに筋肉質(高収益)な体でも、血液が止まれば人は死にます。

前回、日産自動車のB/Sを見て「現金はあるが、減るスピードが速い」と指摘しました。今回は、その血液が「どこから来て、どこへ消えたのか」を追跡する「キャッシュ・フロー計算書(C/S)」**を読み解きます。

「難しい数字の羅列でしょ?」と身構えないでください。

見るべきポイントはたったの3つ。この3つの箱の「プラス」と「マイナス」を見るだけで、日産自動車が今、**「自力で呼吸しているのか」それとも「人工心肺(借金)で生きているのか」**が一発で分かります。

私makoと一緒に、日産の血管の中を流れる「お金のリアル」を覗きに行きましょう。


1. キャッシュ・フロー(C/S)の「3つの箱」

キャッシュ・フロー計算書には、お金の出入りが3つのカテゴリーに分けて記録されています。これを「3つの箱」とイメージしてください。

  1. 営業活動によるキャッシュ・フロー(営業CF):
    • 意味: 本業でどれだけ現金を稼いだか。「基礎体力」です。
    • 理想: **絶対に「プラス」**であること。ここがマイナスなのは、商売をすればするほどお金が減る「出血状態」を意味します。
  2. 投資活動によるキャッシュ・フロー(投資CF):
    • 意味: 工場や設備、将来の成長にどれだけお金を使ったか。
    • 理想: 成長企業なら**「マイナス(投資している)」**が健全です。
  3. 財務活動によるキャッシュ・フロー(財務CF):
    • 意味: 銀行からお金を借りたか、返したか。
    • 理想: 借金を返していれば「マイナス」、借りていれば「プラス」です。

【黄金の公式:フリー・キャッシュ・フロー(FCF)】

$$営業CF + 投資CF = フリー・キャッシュ・フロー(FCF)$$

これが「企業が自由に使えるお金」です。これがプラスなら健全、マイナスなら貯金を食いつぶしているか、借金が必要です。

では、日産自動車のC/Sはどうなっているでしょうか?


2. 実践分析:日産自動車の「血液検査」結果

今回ご提供いただいた『2026年3月期 第1四半期決算短信』から、主要な数字を抜き出して分析します。

【日産自動車 2026年3月期1Q キャッシュ・フロー要約】

項目金額(百万円)状態makoの翻訳
営業CF△84,212マイナス本業でお金が流出している(出血)
投資CF△277,852マイナス設備やリース車への投資でお金を使った
フリーCF△362,064大赤字3ヶ月で3,600億円が消滅した
財務CF+367,294プラス借金で足りない分を補填した(輸血)

(出典:日産自動車株式会社 2026年3月期 第1四半期決算短信 1

① 営業CF:衝撃の「マイナス842億円」

最も恐ろしい事実がここにあります。企業の生命線である**営業CFが「842億円のマイナス」**です。

これは、車を作って売るという日常業務の中で、現金が入ってくるどころか、外に出ていってしまっていることを意味します。

内訳を見ると、**「販売金融債権の増加(約3,168億円のマイナス)」**が大きく響いています。車は売れた(渡した)けれど、お客さんからの支払いはまだ(ローン)なので、現金が入ってきていないのです。

② 投資CF:なぜ赤字なのに投資を止めないのか?

営業CFが赤字なら、普通は節約のために投資を止めますよね?

しかし、日産の投資CFは**「2,779億円のマイナス(出費)」です。

これには「なぜ止めないの?」という疑問を持つ方も多いでしょう。しかし、内訳を見ると「止められない切実な理由」**が見えてきます。

  • リース車両の取得:約3,112億円これは、米国などで「リース契約」で車に乗るお客さんのために、日産が車を用意する費用です。これを止めることは、すなわち「販売停止」を意味します。
  • 固定資産の取得:約1,248億円新型車やEVの開発設備です。自動車業界は3年後の新車のために今お金を使わなければなりません。

**「マグロは泳ぎ続けなければ死ぬ」のと同じで、自動車メーカーは開発(投資)を止めた瞬間に、数年後の「死(競争敗北)」が確定します。

日産は今、「攻めの投資」をしているのではなく、「競争というベルトコンベアから落ちないために、必死で走り続けている」**状態なのです。

③ 財務CF:金利「8.1%」の借金が語る信用度

営業と投資で開いた**「3,620億円の穴(フリーCFの赤字)」をどう埋めたのか?

それが財務CFの「プラス3,673億円」**です。銀行からの借入を増やして埋め合わせました。

さらに、決算後の7月には社債を発行しています。ここで絶対に注目すべきは**「金利」です。

2035年満期のドル建て社債の金利は、なんと「年率 8.125%」**です。

「借金ができる=信用がある」と単純に喜んではいけません。

世界的な超大企業である日産に対して、投資家たちが**「年8%もの高い金利(お駄賃)をくれないと、怖くてお金を貸せないよ」**と判断した。これが市場の冷徹な評価なのです。

日産は今、この**「高金利の借金」という人工心肺**をつけることで、なんとか息をしている状態と言えます。


3. 「失われた10年」の蓄えはどこへ消えた?

ここで、多くの方が抱く疑問にお答えしましょう。

「日産はここ十数年、新車をあまり出さずに開発費をケチっていたはず。その時に浮いたお金(蓄え)はどこへ行ったの?」

財務の歴史を紐解くと、そのお金は金庫には残っていません。以下の3つのブラックホールに吸い込まれて消滅しました。

  1. 巨額の配当金: 稼いだ利益の多くを、親会社(ルノー)や株主への配当として流出させてしまいました。
  2. 拡大路線の失敗: 新興国への過剰投資が失敗し、その撤退・リストラ費用に消えました。
  3. 混乱の収拾費用: ゴーン体制後の混乱やブランド毀損の修復に、莫大なコストがかかりました。

つまり、日産には**「過去の貯金」はありません。**

だからこそ、今、年利8%という高い授業料(利息)を払ってでも、外からお金を借りてくるしかないのです。

この高金利は、将来ボディブローのように効いてきます。

利息払いだけで年間数百億円が飛び、その分だけ開発費が削られ、また新車が出せない……という**「負のスパイラル」**に陥るリスクと、日産は今戦っているのです。


4. セグメント別C/Sで見る「真の病巣」

最後に、事業別の健康状態を見ておきましょう。

決算短信のデータから、自動車事業だけの現金の動きを見ると、さらに衝撃的な事実がわかります。

【自動車事業のフリー・キャッシュ・フロー】

  • 営業CF: △1,106億円
  • 投資CF: △2,798億円
  • フリーCF: △3,905億円

なんと、自動車をつくる事業だけで、3ヶ月で約3,900億円もの現金を燃やしています。

会社全体(連結)のフリーCFが△3,620億円で済んでいるのは、販売金融事業が少しプラス(+283億円)を出して補っているからに過ぎません。

日産自動車という会社の心臓部である「車作り」において、血液が循環せず、大量流出している。これが、C/Sが突きつける冷酷な現実です。


5. まとめ:輸血パックが尽きる前に…

今回のキャッシュ・フロー分析で、日産自動車が直面している危機の「生々しさ」が浮き彫りになりました。

P/Lの赤字は「計算上の損失」ですが、C/Sのマイナスは「現金の消滅」です。

現在の日産は、本業でお金を稼ぐことができず(営業CFマイナス)、それでも将来のために投資を続けなければならず(投資CFマイナス)、そのすべてを高金利の借金(財務CFプラス)で補っています。

この状態を、プロの投資家は**「財務破綻懸念パターン(ダウンサイジング型)」**と呼びます。

もちろん、ここからV字回復する企業もあります。しかし、それは「輸血(借金)」ができる間に、「出血(営業赤字)」を止められた場合だけです。

【第3回のまとめ】

  1. 本業で現金流出(営業CF赤字)。 3ヶ月で842億円の現金が本業から流出した。これは企業の「基礎代謝」が機能していないことを意味する。
  2. 投資は「止めたら死ぬ」から止められない。 赤字でも投資を続けるのは、リース販売の維持と将来の競争力確保のため、出血覚悟で走り続けているからである。
  3. 借金ができる=安心ではない。 社債の金利8%超えは、市場が日産を「ハイリスクな貸出先」と見なしている証拠。過去の蓄えはなく、高コストな借金で延命している。

【makoのアクションプラン】

「お手持ちの企業のキャッシュ・フロー計算書の一番上、『営業活動によるキャッシュ・フロー』を見てください。ここが『マイナス』になっていたら、理由の如何を問わず『投資保留』の黄色信号です。初心者は、ここがプラスの企業だけを選んでください。」

営業CFがプラスであることは、投資の「最低条件」です。このフィルターを通すだけで、倒産リスクのある企業の9割を避けることができますよ。

さて、ここまで「稼ぐ力(P/L)」「体力(B/S)」「血流(C/S)」を見てきました。

次回、第4回は**「収益性分析」です。

「ROE」や「ROA」といったアルファベットが出てきますが、怖がる必要はありません。これらは、企業が「投資家のお金をどれだけ効率よく増やしてくれたか」**を測る、いわば「利回り」の指標です。

日産自動車の効率性は、果たして何%なのでしょうか?(ヒント:マイナスです…)。

次回、投資効率の真実を暴きます。お楽しみに!


【makoの投資判断(今回のC/S分析に基づく)】

評価:1 / 10

(※10点満点中)

理由:

評価は最低の「1」です。キャッシュ・フロー計算書において、最も重要な「営業CF」がマイナスであることは、投資対象として致命的です。さらに、その穴埋めのために年利8%超という高金利での資金調達を余儀なくされている点は、財務的な信用力が著しく低下していることを示唆しています。「自分でお金を稼げない状態」である以上、投資家として資金を託すことは極めて高リスクです。

(出典:日産自動車株式会社 2026年3月期 第1四半期決算短信)


免責事項:

本記事は、提供された2026年3月期第1四半期決算短信のデータに基づき、教育目的で企業の財務状況を分析したものです。記事内の見解は公表データに基づく筆者の分析であり、将来の業績や株価を保証するものではありません。特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断は、最新の情報を確認の上、ご自身の責任で行ってください。

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