第3回 観察力を鍛えよう(2):スマホを閉じて、世界を観察してみよう

皆さん、こんにちは!

少し想像してみてください。朝起きてから夜眠るまで、私たちは一体どれくらいの時間、スマートフォンの画面を眺めているでしょうか。友達とのコミュニケーションはLINEやDM、情報収集はSNSやニュースアプリ、暇つぶしは動画サイトやゲーム…。気づけば、あっという間に1時間、2時間と時間が溶けていく。そんな経験は誰にでもあるはずです。

もちろん、スマホは私たちの生活を豊かにしてくれる魔法の道具です。しかし、その一方で、私たちが「見る世界」を、気づかないうちに狭く、偏ったものにしてしまう危険性も秘めています。

今回のテーマは、その魔法の箱を少しだけ閉じて、SNSの外に広がる「リアルな情報」を見つけにいく冒険です。300年前にアイザック・ワッツが説いた「観察」の教えは、デジタル情報に囲まれた現代に生きる私たちにとって、自分自身の目で世界を捉え直すための、最高のコンパスとなってくれるでしょう。

なぜ私たちはスマホの世界にハマってしまうのか?

そもそも、なぜ私たちはこれほどまでにスマホ、特にSNSの世界に引き込まれてしまうのでしょうか。それは、SNSが人間の「承認されたい」「新しいことを知りたい」という本能的な欲求を、非常に巧みに満たしてくれるように設計されているからです。

自分の投稿に「いいね!」がつけば、脳内でドーパミンという快感物質が放出され、嬉しくなります。タイムラインをスクロールすれば、次から次へと新しい情報が流れ着き、飽きることがありません。さらに、SNSのアルゴリズムは非常に優秀で、私たちが過去に「いいね!」したものや、長く滞在した投稿の傾向を学習し、「きっとあなたはこの情報も好きでしょう?」と、好みに合いそうな情報を自動的に表示してくれます。

その結果、私たちのタイムラインは、自分と考えが似ている人々の意見や、自分の好きなものの情報だけで埋め尽くされていきます。これは「フィルターバブル」や「エコーチェンバー」と呼ばれる現象で、まるで自分専用の快適な泡(バブル)の中にいるかのように、心地よい情報だけが反響(エコー)する空間です。

実はこれこそが、アイザック・ワッツが300年前に警告していた「観察を妨げる最大の敵」の現代版なのです。ワッツは、正確な観察を行うためには「心は情熱や偏見から自由であるべきだ」と説きました 。しかし、SNSのアルゴリズムは、まさに私たちの情熱(好き・嫌い)を刺激し、偏見(自分と同じ意見)を強化するように働きます。

例えば、あるアイドルグループが大好きなAさんがいるとします。彼女がSNSでそのグループの情報を熱心に追っていると、彼女のタイムラインはやがて、そのグループを褒め称える投稿や、ファン仲間たちの好意的な意見で満たされます。逆に、批判的な意見や、他のグループの魅力に関する情報は、アルゴリズムによって排除され、彼女の目にはほとんど触れなくなります。

その結果、Aさんは「世の中のほとんどの人が、このアイドルを絶賛しているに違いない」と錯覚してしまうかもしれません。これは、ワッツが「少数の観察から性急に一般的な理論を構築しないこと」と戒めた、まさにその状態です 。フィルターバブルという偏った世界での観察をもとに、世の中全体について誤った結論を下してしまう危険性があるのです。

SNSの外にある「一次情報」の宝庫

では、どうすればこの快適だけれど偏った「泡」の外に出ることができるのでしょうか。その答えは、スマホを閉じて、SNSの外に広がる「一次情報」の宝庫に意識的に触れることです。

「一次情報」とは、誰かの意見や解釈、編集といったフィルターを通っていない、生の、ありのままの情報源のことです。それは、私たちの身の回りに、実はたくさん存在しています。

  • 図書館や書店という冒険の森 ネットで本を探すと、売上ランキングやレビュー評価、AIによる「おすすめ」などが表示されます。それは便利ですが、自分の興味の範囲を広げる「偶然の出会い」はなかなか生まれません。 一方、図書館や書店に足を運ぶことは、知の冒険です。目的の本を探して棚の間を歩いていると、隣にある全く知らなかったタイトルの本がふと目に留まる。「こんな世界があったのか!」という発見は、アルゴリズムの外だからこそ起こる奇跡です。ワッツも『知性の向上』の中で、読書の重要性についてまるごと一章を割き、「賢明な書籍の選択」がいかに大切かを説いています 。自分の足で歩き、自分の目で選ぶ行為そのものが、観察力を鍛えるトレーニングになるのです。
  • 「人」という生きたデータベース 現代の私たちは、何か疑問があればすぐに検索エンジンに頼ってしまいます。しかし、私たちの周りには「生きたデータベース」とも言える人々がたくさんいます。 例えば、コンビニでいつも笑顔で接してくれる店員さん、通学路で毎朝あいさつを交わすおじいちゃん、商店街で八百屋さんを営むおばあちゃん。彼らとの何気ない会話の中には、「最近、この辺りはカラスが増えて困るんだよ」とか、「昔はこの川で泳げたんだ」といった、ネットニュースには決して載らない、その土地に根差したリアルな情報が詰まっています。ワッツは、知識を得るための優れた方法の一つとして「会話」を挙げ、「様々な国や派閥の人々と会話すること」の重要性を強調しました 。身近な人々との対話は、私たちの視野を広げ、社会を立体的に理解するために不可欠な一次情報源なのです。
  • 自然という究極のオリジナルソース 天気予報アプリが「降水確率10%」と示していても、実際に空を見上げてみれば、西の空から真っ黒な雲が近づいてきているかもしれません。肌に当たる風が湿気を帯び、遠くでカエルの鳴き声が聞こえる。これらはすべて、加工されていない純粋な一次情報です。自分の五感を使って自然を観察し、天気の変化を予測する。この行為は、アプリの数字をただ受け取るのとは全く違う、能動的な学びです。

これらの一次情報に触れることは、自分の感覚と頭脳を使って、直接世界と対話する行為です。それこそが、ワッツが最も重視した「自身の理性による吟味と判断」 を行うための、揺るぎない土台を築いてくれるのです。

リアルな観察とデジタル情報を賢く使いこなす

ここまで、スマホの世界から出て、リアルな一次情報に触れることの重要性をお話ししてきましたが、これは「スマホやSNSを完全にやめよう」という話ではありません。大切なのは、両者の長所を理解し、賢く使い分けることです。

理想的なのは、リアルな世界での「観察」を起点にし、デジタルツールをその「探求の道具」として使うというハイブリッドな学びのスタイルです。

具体的なステップで見てみましょう。

  1. 【起点:リアルな観察】 近所を散歩していると、今まで気づかなかった小さな神社を見つけました。鳥居は古びていて、境内には誰もいません。しかし、手水舎の水はきれいに満たされ、落ち葉も掃き清められています。「誰がこの神社を毎日手入れしているのだろう?」という素朴な疑問が湧き上がります。
  2. 【補助:デジタルでの調査】 家に帰り、スマホでその神社の名前を検索します。すると、その神社が地域で数百年続く歴史あるものであり、近所の人々がボランティアで清掃活動を行っていることを紹介したブログ記事が見つかりました。
  3. 【探求:リアルでの深化】 さらに興味が湧いたあなたは、次の休日、市立図書館へ向かいます。郷土史のコーナーで、その神社が創建された時代の地域の歴史について書かれた本を見つけ、読みふけります。そこには、この地域を襲った過去の災害や、人々の祈りの歴史が記されていました。
  4. 【発展:リアルでの対話】 後日、神社で清掃をしていた地域の方に思い切って声をかけ、感謝を伝えます。そこから会話が弾み、その方から直接、神社の言い伝えや昔の地域の様子について、本にも載っていない貴重な話を聞くことができました。

この一連の流れを見てください。起点となったのは、リアルな世界での偶然の「観察」です。その好奇心をエンジンに、スマホや図書館、人との会話といった様々なツールを使いこなし、学びをどんどん深めています。

これは、ワッツが提唱した学びのサイクル(観察→読書→会話→瞑想)を、現代のツールを使って実践していることに他なりません。リアルな世界での「なぜ?」から始めることで、私たちはアルゴリズムに情報を「与えられる」受け身の存在から、自らの意志で情報を「探しに行く」主体的な探求者へと変わることができるのです。

まとめ:デジタルデトックスは、知性の筋トレ

今回は、スマホの「フィルターバブル」から抜け出し、リアルな世界に溢れる「一次情報」を見つけ出すためのヒントをお話ししました。

ポイントをもう一度確認しましょう。 第一に、便利なスマホやSNSは、私たちを心地よい情報だけの「泡」に閉じ込め、知らず知らずのうちに視野を狭めてしまう危険性があります。 第二に、その「泡」の外には、図書館、地域の人々との会話、そして自然そのものといった、誰にも加工されていない「一次情報」の宝庫が広がっています。 そして第三に、リアルな世界での観察を「起点」とし、スマホを「調べる道具」として賢く使うことで、私たちの学びは受け身から主体的へと進化し、より深いものになります。

300年前の賢人アイザック・ワッツの教えは、まるで現代の私たちを見通していたかのように、情報との健全な付き合い方を指し示してくれます。時々スマホを閉じて、自分の五感で世界を感じる時間を持つこと。それは、単なる息抜きや気分転換ではありません。偏った情報に流されず、自分自身の頭で考える力を養うための、いわば「知性の筋力トレーニング」なのです。

最後に、この知性の筋トレを、今日から始められるアクションプランを提案します。

【明日からできるアクションプラン】 次の休日、たった30分でいいので、スマホを家に置いて(あるいは機内モードにして)近所を散歩してみてください。目的は決めなくて構いません。ただ歩き、目に留まったもの、心に残ったものを記憶します。そして、家に帰ってきたら、その中で一番気になったものを一つだけ、スマホやPCを使って調べてみましょう。

この小さな「デジタルデトックス散歩」は、あなたをSNSの喧騒から解放し、リアルな世界の豊かさと面白さを再発見させてくれる、貴重な体験になるはずです。

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