
こんにちは!
前回は、AIブームを追い風にフジクラの業績を力強く牽引する「情報通信事業」の爆発的な成長を分析しました。
しかし、一流の企業が一つの事業だけで成り立っていることは稀です。多くの場合、複数の強力な事業が互いに支え合い、会社全体の安定性と成長性を形作っています。
今回は、フジクラのもう一方の**「屋台骨(やたいぼね)」とも言える、私たちの生活に身近な製品を支える「エレクトロニクス事業」と「自動車事業」**に焦点を当てます。絶好調の事業の影で、これらの事業はどのような状況にあるのか?企業のバランスシートの裏側まで読み解いていきましょう。
エレクトロニクス事業 – スマートフォンに命を吹き込む技術
まず分析するのは、主にスマートフォンやPC、ウェアラブル機器といったデジタル機器向けの電子部品を製造する「エレクトロニクス事業」です。
この事業の主力製品は**「FPC(フレキシブルプリント配線板)」**。これは、紙のように薄く、自由に折り曲げることができる電子回路基板で、小型化・高機能化が進む現代の電子機器には欠かせない、まさに心臓部とも言える部品です。
数字で見るパフォーマンス
では、決算短信から、この事業の成績を見てみましょう。
- 売上高:394億円 (前年同期比 +5.3%)
- 営業利益:17億円 (前年同期比 -52.2%)
この数字を見て、「おや?」と思いませんでしたか?売上は伸びているのに、利益は半分以下に激減しているのです。これは一体なぜなのでしょうか。
【深掘り分析①】売上増・利益減の謎を解く
決算短信は、この「売上増・利益減」の理由を明確に説明しています。
「米国関税政策の影響で旧モデル製品を中心に出荷前倒しがあった影響で、売上高は…増…となった一方、旧モデル製品の採算が厳しく、為替の影響もあり営業利益は…減…」
ここから読み取れるのは、以下の3つのポイントです。
- 需要の「前倒し」が発生: 米国の関税政策を背景に、本来ならもう少し後で発生するはずだった需要が前倒しでやってきました。これにより売上は一時的に増加しましたが、これは持続的な成長ではない可能性があります。
- 利益の薄い製品が中心だった: 売れたのは主に「旧モデル製品」であり、これらは「採算が厳し」かった、つまり利益率が低かったのです。たくさん売れたけれど、儲けは少なかった、という状況です。
- 為替の影響: 円安などが原材料の輸入コストを押し上げ、利益を圧迫した可能性も示唆されています。
【深掘り分析②】利益率の急激な悪化
この「儲けの質」の悪化を、利益率を計算して数字で見てみましょう。
- 今期Q1の営業利益率:4.2% (17億円 ÷ 394億円)
- 前期Q1の営業利益率:9.4% (35億円 ÷ 374億円)
なんと、利益率は前期の9.4%から4.2%へと半分以下に悪化しています。この事業が直面している課題の深刻さが、この数字から浮き彫りになります。
自動車事業 – EV化の進展を支える神経網
次に、自動車向けの電装部品を製造する「自動車事業」を見ていきましょう。 この事業の主力製品は**「ワイヤハーネス」**です。これは、車内に張り巡らされた電力線や信号線を束ねたもので、人間の体で言えば「神経や血管のネットワーク」にあたります。
近年、EV(電気自動車)や自動運転技術の進化に伴い、車に搭載される電子機器は爆発的に増加しています。それに伴い、ワイヤハーネスもより複雑で高機能なものが求められており、非常に重要な部品となっています。
数字で見るパフォーマンス
では、この事業の成績はどうだったのでしょうか。
- 売上高:441億円 (前年同期比 -8.7%)
- 営業利益:14億円 (前年同期比 -33.1%)
こちらは、売上・利益ともに減少という厳しい結果になりました。
【深掘り分析】業績悪化の背景にある「端境期」とは?
決算短信はこの業績悪化の理由を**「受注プログラムが端境期(はざかいき)を迎える影響で納入数量が減少した」**と説明しています。
「端境期」とは、もともとはお米などの収穫期と次の収穫期の間で、市場に出回る量が少なくなる時期を指す言葉です。自動車業界では、ある車種の生産終了と、次の新型モデルの生産開始の間の期間を指すことが多く、一時的に部品の受注が落ち込む傾向にあります。
つまり、この業績悪化は、フジクラの製品の競争力が落ちたというよりは、自動車メーカー側のモデルチェンジのサイクルによる一時的な影響である可能性が高いと読み取れます。
また、決算短信には「人件費を中心とした費用抑制策をおこなったものの…」という記述もあり、会社側もこの落ち込みを予測し、コスト削減で対応しようとしたものの、売上の減少をカバーしきれなかった、という経営の動きまで透けて見えます。
まとめ:バランスの取れた視点を持つ
今回は、フジクラの屋台骨である「エレクトロニクス事業」と「自動車事業」を分析しました。
その結果、
- エレクトロニクス事業は、一時的な要因で売上は伸びたものの、収益性に大きな課題を抱えていること。
- 自動車事業は、モデルチェンジのサイクルという一時的な要因で業績が悪化している可能性が高いこと。
が分かりました。
前回分析した情報通信事業の絶好調ぶりが、これら他事業の苦戦を補って余りある状況です。これこそが、セグメント分析の醍醐味です。一つの事業だけを見ていては、会社全体の姿を正しく捉えることはできません。好調な事業の裏にある課題や、不調な事業の裏にある一時的な要因を見抜くことで、より精度の高い投資判断が可能になるのです。
次回は、これまで見てきた「利益」が、どのような計算を経て最終的に生み出されるのか、会社の成績表である『損益計算書(P/L)』を本格的に解剖していきます。企業の儲けの構造を丸裸にしましょう!