はじめに:私たちの権利を守る「行政手続法」とは?
行政書士の勉強を進める上で、避けては通れないのが「行政手続法」です。この法律は、行政庁が処分や行政指導などを行う際の共通ルールを定めることで、行政運営の「公正さ」と「透明性」を高め、私たち国民の権利利益を守るという、非常に重要な役割を担っています。
つまり、行政がどのような考えや手順で物事を決めているのかを分かりやすくし、不当な処分がされることを事前に防ぐための「事前の救済制度」とも言える法律なのです。
この記事では、行政手続法の核となる4つの手続を中心に、その目的から最新のデジタル化の動向まで、全体像を体系的に理解できるよう、ポイントを絞って解説していきます。
第1章 行政手続法の目的と基本理念
行政手続法は、特定の法律に個別の手続規定がある場合はそちらが優先される「一般法」という位置づけにあります。その目的は、主に以下の2つに集約されます。
- 行政運営における公正の確保と透明性の向上行政の意思決定プロセスを国民にとって「見える化」し、誰にとっても公平な運営がなされることを目指します。
- 国民の権利利益の保護公正さと透明性を確保した結果として、国民一人ひとりの権利や利益が不当に侵害されることを防ぎます。
この基本理念を土台に、具体的な手続が定められています。
第2章 4つの主要手続を徹底解説
行政手続法が定めるルールは、主に以下の4つの行政活動に関するものです。それぞれの特徴をしっかり掴みましょう。
2-1. 【申請に対する処分】国民からのお願い事へのルール
「申請」とは、飲食店の営業許可など、国民が法令に基づき、行政庁に何らかの利益(許認可等)を求める行為です。これに対し、行政庁が適切に応答するためのルールが定められています。
- 審査基準の設定・公表(義務)行政庁は、許可・不許可を判断するための具体的な「審査基準」を定め、原則として公にする義務があります。「努力義務」ではない点が重要です。
- 標準処理期間の設定(努力義務)申請が到達してから処分までの通常要する期間(標準処理期間)を定めるよう努めなければなりません。こちらは「努力義務」ですが、一度定めれば公表する義務が発生します。この期間を過ぎても、直ちに違法となるわけではありません。
- 申請に対する審査・応答(義務)申請が届けば、行政庁は遅滞なく審査を開始しなければなりません。書類に不備がある場合は、期間を定めて補正を求めるか、申請を拒否する必要があります。行政庁は、補正を求めずに拒否することも可能です。
- 理由の提示(義務)申請を拒否する処分をする場合、行政庁は必ず同時にその理由を示さなければなりません。書面で拒否するなら、理由も書面で示すのが原則です。
2-2. 【不利益処分】国民の権利を制限するときのルール
「不利益処分」とは、営業許可の取り消しや営業停止命令など、行政庁が特定の人の権利を制限したり、義務を課したりする処分のことです。申請の拒否はこれに含まれません。
- 処分基準の設定(努力義務)どのような場合に不利益処分を行うかの「処分基準」を定め、公にするよう努めなければなりません。申請の「審査基準」とは違い、こちらは努力義務です。多様な事案に柔軟に対応するためとされています。
- 意見陳述の機会の保障(義務)不利益処分を行う前には、必ず相手方の言い分を聴く「意見陳述」の機会を与えなければなりません。これは、処分の重さに応じて「聴聞(ちょうもん)」と「弁明の機会の付与」の2種類があります。
手続の種類 | 聴聞(ちょうもん) | 弁明の機会の付与 |
対象となる処分 | 許認可の取消しなど、不利益の程度が大きい処分 | 営業停止命令など、比較的軽微な不利益処分 |
審理の方式 | 原則として口頭で行う(裁判のようなイメージ) | 原則として書面(弁明書)の提出で行う |
当事者の権利 | 文書閲覧権、補佐人との出頭、行政庁職員への質問権などが保障される | 文書閲覧権や参加人の制度などはない |
公開・非公開 | 原則として非公開 | – |
【重要改正点】
かつては聴聞を経た不利益処分について、行政不服審査法による審査請求はできませんでしたが、法改正により現在では審査請求が可能になっています。
2-3. 【行政指導】強制力のない「お願い」のルール
「行政指導」とは、行政機関が特定の目的を達成するため、指導・勧告・助言などを行う、法的拘束力のない「お願い」のことです。
- 一般原則行政指導は、あくまで相手方の「任意の協力」が前提です。指導に従わなかったことを理由に、不利益な取り扱いをすることは固く禁じられています。
- 行政指導の方式指導を行う者は、その趣旨・内容・責任者を明確に示さなければなりません。また、相手方から求められれば、原則としてこれらを記載した書面を交付する義務があります。
- 違法な行政指導行政指導自体は処ではないため取消訴訟の対象にはなりませんが、指導の限度を超えた違法なものであれば、国家賠償の対象となる可能性があります。
2-4. 【届出】国民からの情報提供のルール
「届出」とは、婚姻届や出生届のように、国民が行政庁に一定の事項を通知する行為で、申請に当たらないものを指します。
届出は、形式上の要件(記載事項や添付書類など)が整った書類が、担当部署の事務所に到達した時点で、手続上の義務が完了したものとされます。行政庁の受理という判断を待つ必要はありません。
第3章 ルール作りの透明化!意見公募手続(パブリックコメント)
行政機関が法律や政令などに基づいて具体的なルール(命令等)を定めようとするときは、事前にその案を公表し、広く一般から意見を募集しなければなりません。これが「意見公募手続(パブリックコメント)」です。
これにより、ルール作りの段階から国民の意見を反映させ、行政運営の公正さと透明性を高めることを目的としています。
第4章 要注意!行政手続法が適用されないケース
行政手続法はすべての行政活動に適用されるわけではありません。以下のようなケースでは、適用が除外されます。
- 特定の行政分野:刑事事件、税金の犯則事件、外国人の出入国、公務員に対する処分など。
- 地方公共団体の行為:処分の根拠が、法律ではなく「条例」や「規則」に置かれている場合。地方の自主性を尊重するためです。
第5章 行政手続のミライ:デジタル化の最新動向
近年、デジタル庁を中心に法制度のデジタル化が進んでいます。行政手続法も例外ではなく、デジタル手続法に基づき、オンラインでの手続が推進されています。
申請や届出のオンライン提出、手数料の電子納付などが可能となっており、聴聞手続もウェブ会議システムでの実施が可能とされています。
まとめ
行政手続法は、申請、不利益処分、行政指導、届出という4つの柱を中心に、行政と国民との間の手続を明確化する、私たちの権利を守るための重要な法律です。それぞれの制度が「なぜ存在するのか」という目的意識を持つことで、より深く、体系的に理解することができるでしょう。