国家賠償法とは?役所のミスで損害を受けたらどうする?基本をわかりやすく解説

はじめに:私たちの権利を守る「国家賠償法」

「市役所の手続きミスで損害を被った」「警察官の不適切な対応で怪我をした」 もし、このような事態に遭遇したら、私たちはどこに責任を問い、救済を求めればよいのでしょうか。そのための重要な法的根拠となるのが「国家賠償法」です。

この法律は、国や地方公共団体の公的な活動によって国民が損害を受けた場合に、その損害を賠償するルールを定めたものです。日本国憲法が保障する「基本的人権の尊重」という理念を具体化した、私たち国民にとって非常に重要なセーフティネットと言えます。

かつての日本では、「国家は誤りを犯さない」という考え(国家無答責の法理)のもと、国民が国を相手に損害賠償を求めることは原則として認められていませんでした。しかし、日本国憲法の制定によってこの考え方は否定され、国民の権利を救済する道が開かれました。

この記事では、私たちの生活と深く関わる国家賠償法の基本的な仕組み、特に中心となる第1条と第2条の内容について、具体例を交えながら分かりやすく解説します。

国家賠償法の2つの柱:「人の行為」と「物の状態」

国家賠償法は全6条と非常に短い法律ですが、その核心は第1条と第2条に集約されています。この2つの条文は、賠償責任が発生する原因を「人の行為」と「物の状態」という2つの側面に分けて規定しているのが特徴です。

  • 第1条:公務員の「行為」が原因の場合
  • 第2条:公共施設の「状態(欠陥)」が原因の場合

それぞれどのようなケースで適用されるのか、詳しく見ていきましょう。

第1条:公務員の違法な「行為」に対する責任

国家賠償法 第1条 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。

第1条は、公務員の「仕事中の違法な行為」によって損害が生じた場合のルールです。条文を分解すると、以下の5つの要件を満たす場合に、国や公共団体が賠償責任を負うとされています。

  1. 公務員の「公権力の行使」であること
  2. その「職務を行うについて」の行為であること
  3. 公務員に「故意または過失」があったこと
  4. その行為が「違法」であること
  5. 他人に「損害」が発生したこと

1. 公務員の「公権力の行使」とは?

「公権力の行使」と聞くと、税金の徴収や営業許可の取り消しといった、強制力を伴う権力的な作用をイメージするかもしれません。しかし、国家賠償法ではもっと広く捉えられています。

判例では、行政指導や情報提供、公立学校での教育活動など、非権力的な活動も含まれるとされています。さらには、国会議員の立法行為や裁判官の裁判といった、三権の作用も例外的に対象となることがあります。

一方で、国公立病院での医療行為や、役所が事務用品を購入するような行為は「私経済作用」と呼ばれ、国や公共団体も一般の私人と同じ立場で活動していると見なされるため、この条文の対象外です。これらのケースでは民法のルールが適用されます。

また、「公務員」の範囲も広く、正規の職員だけでなく、建築確認を行う民間の指定機関の職員や、弁護士会の懲戒委員会の委員なども、公権力を行使する者として「公務員」に含まれると判断された例があります。

2. 「職務を行うについて」の判断基準

公務員の行為が職務に関連しているかどうかは、「外形標準説(外観主義)」という考え方で判断されます。これは、公務員の内心の意図ではなく、客観的に見て「職務行為に見えるかどうか」を基準にするものです。

例えば、非番の警察官が制服を着用し、職務を装って強盗殺人事件を起こしたケースで、裁判所は「客観的に職務の執行とみられる外観」があったとして、都の賠償責任を認めました。これは、被害者救済を重視した考え方と言えます。

3. 「故意または過失」は必要か?

はい、必要です。公務員の行為に「故意(わざと)」または「過失(うっかり)」がなければ、国や公共団体は責任を負いません。

ここでの「過失」とは、その職業や地位にある者として尽くすべき注意義務を怠った場合を指します。担当する公務員個人の能力ではなく、客観的に見て注意が足りていたかが問われます。この考え方は、公務員が必要以上に責任を恐れて仕事が滞ってしまう(萎縮効果)のを防ぐ目的もあります。

4. 「違法」であることの重要性

公務員の行為が「違法」であったかどうかが、裁判で最も重要な争点の一つとなります。単に法令に違反している場合だけでなく、与えられた裁量権を逸脱・濫用した場合も違法と判断されることがあります。

また、本来やるべきことをやらなかった「不作為」によって損害が生じた場合も、賠償の対象となることがあります。例えば、危険な状態を放置したことなどがこれにあたります。

公務員個人への責任追及は?

国や公共団体が被害者に賠償した場合、その原因を作った公務員個人に直接責任を問うことは原則としてできません。ただし、その公務員に「故意」または「重大な過失」があった場合に限り、国や公共団体は支払った賠償金をその公務員に請求(求償)することができます。軽微な過失(軽過失)の場合は求償されないことで、公務員が安心して職務に専念できるよう配慮されています。

第2条:公共施設の「設置・管理の欠陥」に対する責任

国家賠償法 第2条 道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。

第2条は、道路や河川、公園、庁舎といった「公の営造物」の設置や管理に欠陥(瑕疵)があったことが原因で損害が生じた場合のルールです。

1. 「公の営造物」とは?

国や公共団体によって、公の目的のために使われている施設や物を指します。道路、河川、橋、公園、学校、公用車などが典型例です。国や公共団体が所有していなくても、事実上管理し、公の目的に提供していれば対象となります。

2. 「設置・管理の瑕疵」とは?

瑕疵(かし)とは、その施設が「通常備えているべき安全性を欠いている状態」を指します。例えば、

  • 道路に大きな穴が空いていた
  • ガードレールが腐食して壊れていた
  • 信号機が故障していた

といったケースが該当します。

第1条との最大の違いは「無過失責任」

第2条の最も重要な特徴は、国や公共団体の責任が「無過失責任」である点です。つまり、管理者に過失(落ち度)がなかったとしても、客観的に施設に安全性を欠く欠陥があれば、賠償責任を負わなければなりません。

例えば、夜間に誰かが道路標識を壊し、その直後に事故が起きた場合、役所がその事実を知る前で管理に落ち度がなかったとしても、標識が壊れているという「瑕疵」が存在する以上、賠償責任が生じるのです。

「予算不足」は言い訳にならない

「危険なのは分かっていたが、修理する予算がなかった」という言い訳は、原則として通用しません。国民の安全を確保する責任が優先されるためです。

ただし「不可抗力」は免責される

想定をはるかに超えるような巨大な地震や未曾有の豪雨など、人の力では到底防ぎようがない「不可抗力」によって生じた損害については、賠償責任は問われません。

その他の重要な条文

  • 第3条(費用負担者の責任):施設の管理者(例:県)と、その費用を負担している者(例:国)が異なる場合、費用負担者も賠償責任を負うことを定めています。
  • 第4条(民法の適用):この法律に定めのない点は、民法のルールが適用されます。
  • 第5条(他の法律の適用):他の法律に特別な定めがあれば、そちらが優先されます。
  • 第6条(相互保証):被害者が外国人の場合、その外国人の母国が日本人に対しても同様の権利を認めている場合に限り、この法律が適用されます。

まとめ:国家賠償法は行政を正し、社会を良くする力

国家賠償法は、単に金銭的な補償を求めるための法律ではありません。この法律に基づいて賠償が認められることは、行政の行為や管理に問題があったことを公的に示すことになり、再発防止や業務改善を促す大きな力となります。

公務員の違法な行為を抑止し、行政サービスの質を高める。そして、国民一人ひとりの権利をしっかりと守る。国家賠償法は、そうした機能を持つ、民主主義社会の根幹を支える重要な法律なのです。万が一の時に泣き寝入りしないためにも、この法律の存在と基本的な仕組みを理解しておくことは、私たち自身の生活を守る上で非常に有益です。

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