ブライズルームの大きな鏡が、見慣れない私を映している。シルクの光沢を放つドレス、繊細なレースのヴェール、そして少し緊張でこわばった頬。綺麗に結い上げられた髪に飾られたパールが、窓から差し込む柔らかな光を弾いた。 「本当に、私なのかな……」 ぽつりと漏れた独り言は、静かな部屋に小さく溶けていった。まだ、どこか夢の中にいるような、ふわふわとした心地だった。
あなたとの日々を思い返す。 それは、映画のようにドラマティックなものではなかったかもしれない。ソファで隣に座って、くだらないテレビ番組に笑ったり。仕事で疲れた日に、あなたが淹れてくれた少し濃いめのコーヒーを、二人並んで静かに飲んだり。そんな、ありふれた月日の繰り返し。
でも、思い返すと不思議だ。
どの瞬間を切り取っても、そこにはいつも、あなたの不器用で、まっすぐな優しさがあった。それがどれほど尊いものだったか、今ならわかる。
去年の私の誕生日。
あなたは「絶対に部屋から出てきちゃだめだからね」なんて、朝からそわそわしていた。下手なサプライズは、バレバレだった。キッチンの床に落ちていた苺のへた、リビングのドアの隙間から見えた、慣れない手つきで飾り付けをするあなたの真剣な横顔。 でも、私は気づかないふりをした。あなたが「ハッピーバースデー!」と、少し歪んだケーキを差し出してくれた時、驚いたふりをして、それから涙を流した。それは演技なんかじゃなかった。私のために一生懸命になってくれる、その時間が、気持ちが、どうしようもなく愛おしくて、涙が止まらなかったのだ。
些細なことで、すれ違った夜もあった。私が意地を張って、冷たい言葉を投げつけてしまった日。あなたは何も言わずに部屋を出ていった。もうダメかもしれない、と一人で泣いた後、ドアをそっと開けると、あなたはリビングのソファで膝を抱えていた。「ごめん」と、少しだけ震えた声で謝ってくれたのは、あなたの方だった。本当は、私の方こそ素-直になれなかったのに。あなたのそういうところに、私はずっと救われてきた。
コンコン、と控えめなノックの音で、私は回想から現実へと引き戻される。 「準備は、できたかい?」 扉の向こうから聞こえた父の優しい声に、胸の奥がぎゅっとなる。差し出された父の腕に自分の手をそっと重ね、ゆっくりとチャペルの扉へと向かった。
重厚な扉が開くと、眩いほどの光と、たくさんの優しい眼差しに包まれた。その視線の先、祭壇の前で、あなたが少し緊張した面持ちで立っているのが見えた。目が合った瞬間、あなたの表情がふっと和らぐ。その顔を見たら、もう怖くなかった。
あなたは、いつか言ってくれたよね。「世界一幸せにするよ」って。 でもね、私も誓うよ。 あなたの隣で、世界一幸せに「なる」って。 そして、私もあなたを、世界一幸せにするって。
あなたの隣に並び立つ。交わされる誓いの言葉。交換された指輪が、左手の薬指で永遠の重みを持って輝く。 ありふれた月日を重ねてきた日々。それが、あなたといるだけで、かけが-えのない宝物になる。 目の前にいるあなたが、私のすべて。 そう、あなたが、私の「ありふれてない、特別な毎日」そのものなのだから。