親の「もしも」に、焦らないために。今、親子で話しておきたいお金と介護のリアルな話

まだ他人事だと思っていませんか?「うちの親に限って」が一番危ない理由

「なあ、最近うちの親さ…、同じことを何度も言うんだよ」

先日、旧友と久しぶりにグラスを傾けていた時のこと。少しお酒が進んだタイミングで、彼がぽつりと、しかし深刻な面持ちで切り出しました。聞けば、電話のたびに同じ話の繰り返し。しまいには、数時間前に話した内容さえ忘れていることがある、と。

あなたも、似たような経験はありませんか? 「最近、少し物忘れが多くなったかな?」 「さっき言ったばかりなのに…」 実家に帰省した際、親の些細な変化に、胸が少しザワつくような、そんな瞬間。

それは単なる「年齢による衰え」なのでしょうか。それとも、もっと向き合うべき問題の「サイン」なのでしょうか。

多くの方が心のどこかで「うちの親は大丈夫」「まだ先の話」と思いがちです。しかし、データは残酷な現実を突きつけます。内閣府の発表によると、日本の65歳以上の高齢者のうち、2025年には約5人に1人、つまり約700万人が認知症になると推計されているのです。これは、もはや「誰かの特別な話」ではなく、私たち自身、そして私たちの家族に、いつ訪れてもおかしくない未来だということです。

認知症への備えというと、すぐに「保険に入るべきか?」という話になりがちです。しかし、焦って保険のパンフレットを眺める前に、絶対に知っておくべきことがあります。それは、**日本の手厚い「公的介護保険」というセーフティネットの存在と、その「限界」**です。

この記事では、保険のセールストークに惑わされることなく、あなたとあなたの家族にとって本当に必要な備えは何かを冷静に判断するための「羅針盤」を提供します。公的制度を最大限に活用し、それでも足りない部分をどう賢く補うか。その「選択の軸」を、一緒に見つけていきましょう。

読み終えた頃には、将来への漠然とした不安が、具体的な「備え」という安心感に変わっているはずです。

【第1章】想像できますか? 認知症介護の「リアルなお金の話」

「介護にはお金がかかる」。誰もが漠然と知っているこの事実を、もう少し解像度を上げて見ていきましょう。いざその時が来た時、私たちの家計には、どれほどのインパクトがあるのでしょうか。介護の形は大きく「在宅介護」と「施設介護」に分かれます。

ケース1:自宅で暮らし続ける「在宅介護」の費用

住み慣れた家で最期まで。そう願う方は多いですが、在宅介護は決して「安上がり」ではありません。

まず、**初期費用(環境整備費)**がかかります。 手すりの設置、段差の解消、介護用ベッドのレンタルや購入…。安全な環境を整えるためのリフォームや福祉用具の導入に、平均で74万円ほどかかるというデータがあります。(※1)公的介護保険で補助(住宅改修費として上限20万円まで支給など)はありますが、全額をカバーできるわけではありません。

そして、重くのしかかるのが月々の費用です。 公益財団法人生命保険文化センターの「2021(令和3)年度 生命保険に関する全国実態調査」によると、在宅介護にかかる月々の費用は平均で約4.8万円。これは、公的介護保険の自己負担分(デイサービスや訪問介護の利用料)に加えて、保険適用外の費用が含まれます。

  • おむつや尿取りパッドなどの消耗品費:月1〜2万円
  • 栄養補助食品や刻み食などの食費:通常の食費にプラスα
  • 通院のための交通費やタクシー代

これらの費用が、毎月、継続的に発生するのです。

ケース2:専門施設に入居する「施設介護」の費用

認知症の症状が進行したり、家族の負担が大きくなったりすると、施設への入居が現実的な選択肢となります。

施設と一言で言っても、その種類は様々です。比較的費用が安い「特別養護老人ホーム(特養)」は入居待ちが長く、すぐに入れるとは限りません。そのため、民間の「有料老人ホーム」や「グループホーム」も視野に入れる必要があります。

これらの施設では、入居一時金として数十万円〜数百万円、場合によっては数千万円が必要になることも。さらに、月額利用料として15万円〜30万円以上がかかるのが一般的です。この月額費用には、家賃や管理費、食費などが含まれますが、医療費やおむつ代、理美容代などは別途請求されることがほとんどです。

見過ごされがちな「見えないコスト」

しかし、最も深刻なのは、こうした直接的な費用だけではありません。介護には、数字には表れにくい**「見えないコスト」**が存在します。

  • 家族の労働力の損失: 介護のために仕事の時間を減らしたり、最悪の場合、離職(介護離職)せざるを得なくなったりするケース。年間で数百万円の収入減につながることもあります。
  • 精神的・肉体的負担: 24時間365日、終わりが見えない介護によるストレスや疲労。これは、お金には換算できない、計り知れないコストです。

つまり、認知症介護とは、単発の出費ではなく、いつまで続くか分からない経済的・精神的な負担を伴う「長期戦」なのです。この現実を知った上で、次の章では、この長期戦を戦うための最大の武器となる「公的介護保険」について、詳しく見ていきましょう。

(※1 公益財団法人生命保険文化センター「2021(令和3)年度 生命保険に関する全国実態調査」より)

【第2章】私たちの最強の味方!「公的介護保険」でできること・できないこと

第1章で解説したような経済的負担を前に、「うちはそんなに貯蓄がないから無理だ…」と、暗い気持ちになった方もいるかもしれません。でも、ご安心ください。日本には、世界でもトップクラスに手厚いセーフティネットが存在します。それが**「公的介護保険」**です。

これは、40歳以上の国民全員が加入を義務付けられている社会保険。つまり、あなたも私も、毎月保険料を納めている当事者なのです。せκάく納めているのですから、その強力なサポート内容を、ここでしっかり理解しておきましょう。

どうすれば使えるの?「要介護認定」の流れ

公的介護保険のサービスを利用するには、まずお住まいの市区町村の窓口で「要介護認定」の申請が必要です。申請後、認定調査員による訪問調査や、かかりつけ医の意見書をもとに審査が行われ、「要支援1〜2」または「要介護1〜5」の7段階のいずれかに認定されます。

この要介護度に応じて、受けられるサービスの種類や量が変わってきます。

【できること】自己負担1〜3割で受けられる、充実の介護サービス

要介護認定を受けると、所得に応じて**原則1割(一定以上の所得がある場合は2割または3割)**の自己負担で、以下のような様々なサービスを組み合わせて利用できます。

  • 自宅に来てもらうサービス: 訪問介護(ホームヘルプ)、訪問入浴、訪問看護など
  • 施設に通うサービス: 通所介護(デイサービス)、通所リハビリテーション(デイケア)など
  • 短期的に宿泊するサービス: 短期入所生活介護(ショートステイ)
  • 環境を整えるサービス: 福祉用具レンタル(介護ベッド、車いすなど)、住宅改修費の支給

これだけのサービスが、月々数万円の自己負担で利用できるのですから、公的介護保険が「最強の味方」と呼ばれる理由がお分かりいただけるでしょう。

【できないこと】知っておくべき公的保険の「限界」

しかし、この最強の味方も万能ではありません。ここからが重要なポイントです。公적介護保険には、明確な「限界」が存在します。

1. 「支給限度額」という上限がある 要介護度ごとに、1ヶ月に利用できるサービスの金額に上限(支給限度額)が定められています。例えば、要介護3の方なら月額約27万円分のサービスまでが保険適用となりますが、これを超えて利用したサービス費用は、全額自己負担となってしまいます。(※金額はあくまで目安であり、お住まいの地域や年度によって異なります)

2. 保険が適用されない「対象外費用」が多い 日常生活に必要な費用の中には、公的介護保険の対象とならないものがたくさんあります。

  • 施設に入居した場合の居住費や食費
  • デイサービスで提供される食費やおやつ代
  • おむつや尿取りパッドなどの日用品費
  • 病院への通院介助の交通費

これらはすべて、毎月、全額自己負担で支払う必要があります。

3. 家族の負担(収入減など)はカバーできない 公的介護保険は、あくまで「介護が必要な本人」を支える制度です。介護をする家族の「仕事が続けられない」「心身ともに疲弊している」といった経済的・精神的な負担を、直接お金で補填してくれるわけではありません。

結論として、公的介護保険は介護生活の「土台」を築いてくれる、なくてはならない存在です。しかし、それだけですべてを賄える「万能薬」ではない、という事実を覚えておく必要があります。

【第3章】その“隙間”、どう埋める?「民間保険」という選択肢

公的介護保険がカバーしきれない、様々な「隙間」。この隙間を埋めるための一つの選択肢として登場するのが、生命保険会社などが販売する**「民間の認知症保険(または介護保険)」**です。

公的保険との決定的な違いは「給付方法」

両者の最も大きな違いは、その給付方法にあります。

  • 公的介護保険 → 「サービス」で支える(現物給付)
  • 民間介護保険 → 「お金」で支える(現金給付)

民間保険は、保険会社が定めた所定の状態(例:要介護2以上に認定、など)になった際に、まとまった一時金(100万円など)や、毎月定額の年金(月5万円など)を現金で給付してくれます。

「現金給付」がもたらす、絶大な安心感

この「使い道が自由な現金」は、介護生活において絶大な安心感をもたらします。なぜなら、公的保険の「隙間」を的確に埋めることができるからです。

  • 支給限度額を超えて利用したサービスの自己負担分に充てる。
  • 毎月かかるおむつ代や雑費の支払いに充てる。
  • 有料老人ホームなどの入居一時金や月々の利用料に充て、施設の選択肢を広げる。
  • 介護のために仕事をセーブした家族の減ってしまった収入を補う

このように、現金給付は、サービスだけでは解決できない現実的なお金の問題を解決し、本人と家族の生活の質(QOL)を維持するための強力なサポーターとなり得るのです。

公的介護保険という栄養バランスの取れた**「主食」だけでは少し足りない部分を、各家庭の状況に合わせて補う「サプリメント」**。それが、民間の認知症保険の立ち位置と言えるでしょう。

【第4章】プロはここを見る!後悔しない「認知症保険」5つのチェックポイント

では、自分に合った「サプリメント」は、どう選べば良いのでしょうか。数ある保険商品の中から、後悔しないための5つのチェックポイントをご紹介します。

1. 給付条件は明確か? 最も重要なのが「どうなったらお金を受け取れるのか」という給付条件です。ここが曖昧だと「こんなはずじゃなかった」という事態になりかねません。

  • 公的介護保険に連動するタイプ: 「要介護2以上に認定されたら」など、基準が公的制度と同じで客観的で分かりやすいのが特徴です。
  • 保険会社独自の基準タイプ: 「認知症と診断され、所定の症状(時間・場所・人の認識が困難な状態)が180日以上継続した場合」など、独自の基準を設けています。公的認定より早く給付される可能性もありますが、条件を細かく確認する必要があります。

「認知症と診断されただけ」では給付されないケースがほとんどです。必ず「どのような状態」で支払われるのかを、契約前にしっかり確認しましょう。

2. 保障内容は自分に合っているか? 給付金の受け取り方は、主に「一時金」と「年金」の2タイプがあります。

  • 一時金型: 100万円、300万円といったまとまったお金を一度に受け取れます。介護リフォームや施設への入居一時金など、初期費用に充てやすいのがメリットです。
  • 年金型: 毎月5万円、10万円といった定額を、生存している限り(または一定期間)受け取れます。月々の費用を安定的にカバーできる安心感があります。

ご自身の貯蓄額や、どのような費用を保険でカバーしたいかを考え、「初期費用重視なら一時金」「月々の負担軽減なら年金」といった視点で選びましょう。両方を組み合わせたハイブリッド型もあります。

3. 保険料は払い続けられるか? 介護や認知症への備えは、超長期戦です。20年、30年と保険料を払い続けることを想定し、無理のない金額設定をすることが鉄則です。特に収入が減少する老後の家計を圧迫しないかは、重要な判断基準となります。 また、「保険料払込免除特約」が付いているかもチェックしましょう。これは、所定の介護状態になった場合に、以降の保険料の支払いが免除される特約で、いざという時に非常に助かります。

4. 保障はいつまで続くか? 保障期間が「終身(一生涯)」なのか、「有期(80歳までなど)」なのかも確認しましょう。平均寿命が延びている現代では、80歳や85歳を過ぎてから介護が必要になるケースも珍しくありません。保険料は割高になりますが、一生涯の安心を得たいのであれば「終身保障」が基本となります。

5. プラスαのサービスは? 最近の保険には、お金の給付だけでなく、様々な付帯サービスが付いています。

  • 24時間365日対応の電話健康相談
  • 専門医の紹介やセカンドオピニオンの手配
  • 介護施設の紹介や見守りサービスの優待
  • 家族向けの認知症予防に関する情報提供

これらのサービスは、いざという時に本人だけでなく、戸惑う家族にとっても大きな精神的な支えとなります。お金には代えがたい価値があるかどうかも、比較のポイントです。

【まとめ】「保険に入るか否か」より大切な、今すぐできること

ここまで、認知症介護にかかるリアルな費用から、公的介護保険の仕組み、そして民間保険の役割と選び方までを詳しく解説してきました。

この記事の要点をまとめると、

  • 認知症介護は、終わりが見えない経済的・精神的な「長期戦」。
  • 「公的介護保険」は非常に強力な土台だが、それだけではカバーしきれない「隙間」がある。
  • 「民間保険」は、その隙間を「現金」で埋めてくれる、心強い選択肢の一つ。
  • もし加入を検討するなら、「給付条件」や「保障内容」など5つのポイントを必ずチェックする。

ということになります。

しかし、最後に一番お伝えしたいのは、**「認知症保険は、すべての人に必須ではない」**ということです。十分な貯蓄がある方、頼れる家族が多い方など、状況はご家庭によって様々です。

保険に入るか否かを悩むこと以上に、もっと大切で、今すぐにできる最高の「備え」があります。 それは、**「家族で将来についてオープンに話し合うこと」**です。

親が元気なうちに、聞いてみてください。 「もしもの時、どんな介護を受けたい?」 「住み慣れた家で暮らしたい? それとも施設がいい?」 そして、少し勇気を出して、お金の話も。

こうした会話が、いざという時に家族が迷わず、最善の選択をするための何よりの道しるべとなります。

この記事が、あなたとあなたの大切なご家族が、未来について話し合う小さなきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。 まずは週末、ご両親に電話をかけてみませんか。「最近どう?」、その一言から、始めてみてください。


免責事項

この記事は、公的介護保険制度や民間の介護・認知症保険に関する情報提供を目的としており、特定の商品への加入を推奨・勧誘するものではありません。

記事の内容は、執筆時点で信頼できると考えられる情報に基づいて作成しておりますが、その正確性、完全性を保証するものではありません。各種制度や保険商品の内容は将来的に変更される可能性があります。

保険商品の詳細な内容や契約にあたっては、必ず保険会社や代理店の担当者にご確認いただき、ご自身の判断と責任において行ってください。

この記事の情報に基づいて被ったいかなる損害についても、筆者は一切の責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。

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