
こんにちは、あなたの投資学習パートナー、makoです。
これまでの9回の冒険で、私たちは信越化学という企業を「解剖」してきました。
「P/L(稼ぎ)は一時不調(第1回)」
「B/S(体力)は鉄壁の要塞(第2回、第6回)」
「C/S(現金力)は黄金パターン(第3回)」
「ROE/ROA(効率性)は超優良(第5回)」
「成長性(未来)は合理的(第8回)」
「株価(割安性)は妥当(第9回)」
…分析すればするほど、「完璧」に見えます。
しかし、これまでの分析は、すべて信越化学を「真空(バキューム)」の中で見てきたに過ぎません。
本当のプロは、最後に必ずこの「問い」を立てます。
「その『強さ』は、戦場でライバルと殴り合った時でも、本当に『本物』なのか?」
「私たちの9/10点という評価は、ただの『ひいき目』ではないのか?」
この記事では、私たちが分析してきた信越化学の「強さ」が本物かどうか、その「最終証明」を行います。
投資の基本:「リンゴ」と「リンゴ」を比較する
競合比較で最も重要なのは、「正しい相手」と「正しい指標」を選ぶことです。
第8回で分析した通り、信越化学は「3つの柱」を持つコングロマリット(複合企業)です。
したがって、それぞれの「柱」における最強のライバルを選び、比較しなければなりません。
- 電子材料(半導体ウエハー)
- ライバル:SUMCO(日本)
- 日本の2大巨頭であり、世界シェアを争う、まさに宿命のライバルです。
- 機能材料(シリコーン)
- ライバル:Wacker Chemie(ドイツ)
- 世界トップクラスの総合化学メーカーであり、シリコーン事業の強敵です。
- 生活環境基盤材料(塩ビ)
- ライバル:Westlake Corporation(米国)
- 北米を中心に世界で塩ビ事業を展開する、「塩ビの巨人」です。
私たちがこれまで学んできた「最強のメジャー」で、彼らを比較します。
- 「稼ぐ効率(収益性)」: 営業利益率(OPM) と ROE
- 「守りの硬さ(安全性)」: 自己資本比率 と 流動比率
【makoの深掘り】「不況」の時だけを比較していないか?
さて、これから「不況(2025年現在)」のリングに彼らを上げますが、その前に、あなたが私に投げかけてくれた「本質的な問い」にお答えしなければなりません。
「makoさん、今から見せる『圧勝』のデータは、たまたま2025年という『最悪の不況』を切り取ったからではないですか?」
「ライバルたちも、景気が良い時は、本当はもっと強いのではないですか?」
「あなたは、信越化学の『平時』と、ライバルの『最悪の時』を、不公平に比較していませんか?」
素晴らしい。その通りです。
その「問い」に答えるために、私は「好況(Good Times)」と「不況(Bad Times)」の両方で、彼らの「本当の実力」を比較しました。
結論から申し上げます。
いいえ、今回だけではありません。
この「例え話」でご理解ください。
この勝負は、「フェラーリ(信越化学)」と「高性能なスポーツカー(ライバル達)」のレースです。
- 【好況(晴れた日)】道が乾いたサーキット(=2022年の好景気)では、両者とも素晴らしい性能を発揮します。
- フェラーリ(信越化学)は、時速290km(OPM 29.0%)で走ります。
- スポーツカー(ライバル達)も、時速200km~250km(OPM 20-25%)で走ります。両方とも「とんでもなく速い」です。しかし、この時点で、すでに「時速40km~90kmの差」は存在しています。
- 【不況(嵐の日)】サーキットに嵐(=2025年の不況)がやってきました。
- スポーツカー(ライバル達)は、雨でスリップし、時速20km(OPM 2-6%)まで失速するか、停止(赤字)してしまいます。
- 一方、フェラーリ(信越化学)は、その圧倒的なエンジンパワーと安定性で、嵐の中でも時速260km(OPM 26.0%)で走り続けています。
嵐(不況)は、ライバルを「弱くした」のではありません。
嵐は、**「平時ですら存在した『構造的な差』を、生き残れるかどうかの『決定的な差』として“暴露”した」**だけなのです。
【証拠】「好況 vs 不況」の利益率ストレステスト
この「例え話」が「事実」であることを、データで証明します。
▼ 収益性ストレステスト:「好況(ピーク)」 vs 「不況(現在)」
| 企業名 | 事業領域 | ① 好況ピーク時 OPM (FY 2022) | ② 不況の現在 OPM (2023-2025) | ③ 利益率の「下落幅」 |
| 信越化学 (分析対象) | 総合 | 29.0% | 26.0% | -3.0 ポイント |
| SUMCO | 半導体 | 25.4% | 赤字予想 | -25 ポイント以上 |
| Wacker | シリコーン | 20.5% | 6.3% (2023) | -14.2 ポイント |
| Westlake | 塩ビ | 19.3% | 5.8% (2023) | -13.5 ポイント |
(※信越化学は2025年3月期通期と2026年3月期中間期を比較。他社は外部データに基づき、最も好調だった2022年通期と、不況下の2023年通期または2025年Q3予想を比較)
【分析】
この表が、すべてを物語っています。
- 「好況」ですら、すでに「差」はあったまず、①の「好況ピーク時」を見てください。あなたの「問い」の通り、ライバル達も「危険」などではなく、平時は20%~25%もの利益率を叩き出す「超優良企業」でした。しかし、その「絶好調」の時ですら、信越化学の29.0%には及びませんでした。「構造的な差」は、平時から存在していたのです。
- 「不況」は、その「差」を「致命的」にした次に、③の「下落幅」を見てください。不況の嵐が来た途端、ライバル達は軒並み**-13ポイントから-25ポイント**以上という「致命的な」利益率の悪化に見舞われ、赤字(または赤字寸前)に沈みました。一方で、信越化学の「下落幅」は、たったの**-3.0ポイント**です。
信越化学の「本当の強さ」とは、「好況時のピークの高さ」ではありません。
「不況時の“底”の高さ」だったのです。
信越化学の「不況の底(OPM 26.0%)」は、ライバル達の「好況の頂点(OPM 20-25%)」すらも上回っている。
これが、私たちがこれから目撃する「圧勝」の正体です。
実践分析:信越化学 vs ライバル軍団
それでは、いよいよ「現在(2025年)」のリングに彼らを上げ、その「圧勝」の姿を確認しましょう。
【Round 1】「稼ぐ効率(収益性)」の殴り合い
▼ 収益性 比較(2024-2025年)
| 企業名 | 営業利益率 (OPM) | ROE(自己資本利益率) | makoの「通訳」 |
| 信越化学工業 (分析対象) | 26.0% | 11.6% | (不況でも)別格の稼ぎ |
| SUMCO (半導体ライバル) | 3.0% | 不明(ただしQ3 ’25は赤字予想) | (不況で)瀕死 |
| Wacker Chemie (シリコーンライバル) | 2.44% | 3.40% | (不況で)瀕死 |
| Westlake Corp (塩ビライバル) | 0.29% | -8.70% (赤字) | (不況で)ノックアウト |
…これは、勝負にすらなっていません。
(※注:比較データは、信越化学の中間期(2025年9月30日時点)に最も近い、各社が公表している2024年〜2025年(TTM=直近12ヶ月含む)の最新データを参照しています)
この結果が「何」を意味するのか、冷静に読み解きましょう。
1. 「P/L不調(-17.7%)」は、「勝利の雄叫び」だった
第1回で、私たちは信越化学のP/L(営業利益-17.7%)を見て「不調だ」と分析しました。
しかし、ライバルたちを見てください。
同じ「不況」のリングで、SUMCOは利益率3%まで落ち込み赤字転落寸前、Wackerは利益率2.44%、Westlakeに至ってはROEマイナス8.7%の赤字 に沈んでいます。
Westlakeの第3四半期(2025年)報告では、信越化学が利益を出した「塩ビ(PEM)事業」で、7億ドル以上の営業損失(のれん代償却含む)を計上しています。
信越化学の「-17.7%」という数字は、「不調」などではなく、「ライバルが全員赤字で倒れる中、一人だけ立って、26.0%という驚異的な利益を稼ぎ出した」という、「圧勝」の証だったのです。
2. 「強さ」が証明された
信越化学の「強さ」は「ひいき目」ではありませんでした。
- 塩ビ事業(vs Westlake):不況への耐性が「天と地」ほど違う。
- 半導体事業(vs SUMCO):同じ不況下でも、利益を確保する力が圧倒的に違う。
- シリコーン事業(vs Wacker):信越化学の「全体」の利益率が、Wackerの「全体」の利益率の10倍以上あります。
【Round 2】「守りの硬さ(安全性)」の睨み合い
次に、「不況」という冬の時代を生き抜く「体力(=安全性)」の比較です。
第6回で、私たちは信越化学を「現金1.5兆円の要塞」と呼びましたが、それはライバルと比べてどうなのでしょうか?
▼ 安全性 比較(2024-2025年)
| 企業名 | 自己資本比率 | 流動比率 | makoの「通訳」 |
| 信越化学工業 | 78.7% | 589.7% | 異常値(戦略兵器レベル) |
| Wacker Chemie | 約 70% (D/E 0.43より) | 289% | 非常に健全 |
| Westlake Corp | 約 65% (D/E 0.54より) | 199% | 健全 |
(※SUMCOは直近のB/Sデータが取得困難なため除外)
【分析】
Round 1ほどの「圧勝」ではありません。WackerもWestlakeも、自己資本比率65-70%、流動比率200%超えと、非常に「健全」で「安全」な財務をしています。
しかし、信越化学の数字は、彼らと「次元」が違います。
- 流動比率 589.7%(vs ライバル 200%台)
- 現金 1.5兆円(第6回分析)
第6回で「これは『守り』ではなく『戦略兵器』だ」と分析した、私たちの「問い」の答えがここにあります。
ライバルたち(Wacker, Westlake)は、「不況を耐え忍ぶ」ための**「十分な体力」は持っています。
しかし、信越化学は、「不況を耐え忍ぶ」だけではなく、
「不況の“最中”に、4,000億円の自社株買い(第7回)と、2,139億円の設備投資(第8回)を“同時に”断行する」
ための、「異次元の体力(=戦略兵器)」**を持っているのです。
ライバルが「赤字」に苦しみ、「売上減少」に耐えている まさにその瞬間に、信越化学は「未来のエンジン(電子材料)」に巨額の種を蒔き、同時に「株主(私たち)」に莫大な富を還元しているのです。
【最終結論】信越化学の「強さ」は、本物だった
9回にわたる私たちの分析は、すべて正しかったことが、この「競合比較」によって最終的に「証明」されました。
- **「P/L不調(-17.7%)」**は、ライバルが赤字に沈む中での「圧勝」だった。
- **「ROE 11.6%」**は、ライバル(3.4%や-8.7%)とは比較にならない「超高効率」だった。
- **「現金1.5兆円」**は、ライバルが持つ「健全な体力」を遥かに凌駕する、「不況時にこそ攻める」ための「戦略兵器」だった。
第8回で見た「地政学リスク」や「景気循環リスク」は、ライバル全員が平等に背負う「宿命」です。
しかし、その「宿命」の戦場で、これだけの「利益率」と「現金」を持って戦える企業は、世界に信越化学以外、見当たりません。
まとめと次へのステップ
本日の冒険のまとめです。
- 企業分析の「最終関門」は、ライバルとの「競合比較」である。
- 信越化学の「強さ」は不況下でこそ際立つ。「不況の底(OPM 26%)」が、ライバルの「好況の頂点(OPM 20-25%)」すら上回る、構造的な差があった。
- 【収益性】信越化学のOPM 26.0%は、赤字や1桁台に沈むライバル(SUMCO, Wacker, Westlake)を「圧勝」していた。
- 【安全性】信越化学の流動比率 589.7%は、健全なライバル(200%台)すら凌駕する「異次元の体力」であり、不況下で投資と還元を両立する「戦略兵器」だった。
- 【結論】私たちが9回かけて分析した信越化学の「強さ」は、本物だった。
これで、第3部「未来予測」は完了です。
それでは、今日あなたに挑戦してほしい「ベビーステップ」です。
今日の課題は、たった一つ。あなたが「第9回」までで分析した「お気に入りの企業」の、一番のライバル企業の名前を、1社だけ検索してみてください。
そして、「営業利益率」だけを、2社並べて見比べてみましょう。…あなたは、本当に「チャンピオン」に投資しようとしていますか?
【makoの投資判断:10段階評価】(11/05 競合比較を反映)
【 9 】(長期的視点での「強気買い」)
理由:
評価は「9」で据え置きですが、この「9」は、もはや「10」に限りなく近い、**「証明済みの9」**へと昇華しました。
これまでの分析は、すべて信越化学という「個」の強さでした。しかし、今回の「競合比較」をもって、その強さが「絶対的な強さ」であることが証明されました。
- 唯一の懸念だった「P/L不調」 → ライバル比較で「圧勝」に変わった。
- 強みだと思っていた「財務」 → ライバル比較で「異次元」であることがわかった。
「素晴らしい企業を、そこそこの価格で買う」——第9回で、私たちは信越化学がこれに該当すると結論付けました。
今回、その「素晴らしさ」が「業界最強」であることが確定しました。長期投資家にとって、これ以上の「確信」はありません。
【次回予告】
さて、私たちはついに第4部「未来予測」編に突入します。
「財務(過去)は完璧」「競合(現在)にも圧勝」「投資(未来)も合理的」
…もう、分析することは残っていないのでしょうか?
いいえ、まだです。私たちは、数字(=定量)の裏にある「物語(=定性)」を読んでいません。
「なぜ、信越化学はこんなに強いのか?」
「その『ビジネスモデル』に、他社が真似できない『秘密』はないのか?」
次回、第11回:【定性分析①】ビジネスモデルと競争優位性〜その会社にしかない「強み」は何か?〜 で、信越化学の「強さの源泉」である「ビジネスモデル」という名の「城」の設計図を解き明かします。お楽しみに。
免責事項
本記事は、企業分析に関する情報提供を目的としており、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。株式投資は、元本を割り込むリスクを伴います。投資に関する最終的な決定は、ご自身の判断と責任において行われますようお願い申し上げます。本記事の情報に基づいて生じたいかなる損害についても、筆者および関係者は一切の責任を負いません。


