企業分析マスター講座【第11回】:「ビジネスモデル」と「競争優位性(モート)」〜その会社にしかない”強さの秘密”〜(実践:信越化学工業)

こんにちは、あなたの投資学習パートナー、makoです。

「あの会社、10年前はあんなに輝いていたのに、どうして今は…」 「コカ・コーラは100年後も飲まれてそうだけど、今流行りのこの会社は、10年後どうなっているんだろう?」

そんな「時の流れの無常さ」を、投資の世界で感じたことはありませんか? 資本主義とは、本質的に「競争」です。どんなに儲かるビジネスも、必ず「模倣者(ライバル)」が現れ、値下げ競争が始まり、やがて利益は失われていきます。

実は、多くの投資家が「今、儲かっている(P/Lが良い)」という理由だけで投資してしまい、その「儲け」を守るための「防衛力」が何なのかを確認しません。 その結果、ライバルの出現とともにかつての輝きは失われ、「なぜ株価が下がり続けるのかわからない」という「塩漬け株」を生み出してしまうのです。

投資の神様ウォーレン・バフェTット氏は、この「防衛力」を「経済的な堀(Economic Moat=モート)」と呼び、これを企業分析で最も重視します。

私たちは、素晴らしいお城(高い利益率)と、それを守る広大なお堀(競争優位性)を持つ企業を探しているのです

お城(利益)がどれだけ立派でも、お堀(モート)がなければ、ライバル(敵)の侵入を許し、一夜にして陥落してしまう。 第10回で、私たちは信越化学が「ライバルを圧勝」する姿を見ました。ならば、その「お堀」は、一体何でできているのでしょうか?

投資の基本:「モート(お堀)」の4つの源泉

バフェット氏が定義する「お堀(モート)」、すなわち他社が真似できない「強さの秘密」は、主に4つあるとされています。

  1. 無形資産(ブランド・特許)
    • 例:コカ・コーラ(ブランド)、武田薬品工業(新薬の特許)
    • 「それじゃなきゃダメ」と顧客に思わせる力。
  2. 乗り換えコスト(スイッチング・コスト)
    • 例:Microsoft Office(今さら他社ソフトを学び直せない)
    • 顧客が「乗り換えるのが面倒くさい」と感じる力。
  3. ネットワーク効果
    • 例:LINE、Amazon(みんなが使っているから、自分も使う)
    • 利用者が増えるほど、サービスの価値が高まる力。
  4. コスト優位性(規模の経済)
    • 例:Amazon(圧倒的な物流網)、ウォルマート(大量仕入れ)
    • 他社より「圧倒的に安く」作れる、または「安く」提供できる力。

実践分析:信越化学の「モート(お堀)」は何か?

それでは、この「4つのメジャー」を持って、信越化学の「強さの秘密」を解き明かしましょう。 これまでの10回の分析で、私たちは「証拠」をすべて集め終わっています。

信越化学のモートは、1つではありません。 それは、**「3つの強力なモート(事業)」が、互いを補い合う「最強の防衛システム」**として機能しているのです。

モート①:塩ビ事業の「コスト優位性(絶対的なコストの堀)」

まず、第1回で「P/L不調の犯人」と見た「生活環境基盤材料(塩ビ)」事業 。 不況で利益が減ったとはいえ、それでもなお1,023億円もの営業利益を稼ぎ出しています 。 第10回で見たように、ライバルのWestlakeが同じ事業で「赤字」に沈む中で、なぜ信越化学だけが利益を出せるのか?

答え:圧倒的な「コスト優位性」です。

信越化学のアメリカ子会社「シンテック」は、

  1. **原料(エチレン)**を、世界で最も安価なシェールガスから調達し、
  2. 垂直統合(原料から製品まで全部自社で作る)により、中間マージンを徹底的に排除し、
  3. **世界最大級の「規模」で大量生産する ことで、「世界で最も安く」**塩ビを作れるビジネスモデルを確立しています。

【モートとしての機能】 不況が来て塩ビの市況価格が暴落しても、ライバル(Westlake)は「コスト割れ(赤字)」に陥りますが、信越化学だけは「安値でも、まだ利益が出る」のです。 これが、第10回で見た「圧勝(OPM 26% vs OPM -8.7%)」の正体です。

モート②:電子材料事業の「無形資産(技術の堀)」

次に、第8回で「未来のエンジン」と見た「電子材料(半導体ウエハー、フォトレジスト)」事業

答え:圧倒的な「技術的優位性(参入障壁)」です。

  • 半導体シリコンウエハー: 原子レベルの平坦さが求められる「完璧な円盤」です。この製造技術は「職人技」の領域であり、信越化学とSUMCO(日本のライバル)の2社だけで、世界シェアの50%以上を寡占しています。
  • フォトレジスト、マスクブランクス : 半導体の「回路図」を描くための超精密な材料です。これら最先端の分野(ArF、EUV)も、日本企業が世界シェアを独占する「技術の塊」です。

【モートとしての機能】 この分野は、「お金があるから」といって、中国企業や新興企業が明日から参入できるような、甘い世界ではありません。 数十年にわたる研究開発(R&D)の蓄積と、顧客(IntelやTSMC)との「信頼関係」という「無形資産」が、ライバルの参入を阻む「深く、高い技術の堀」となっているのです。

モート③:信越化学の「真のモート」= 2つの事業を”繋ぐ”ビジネスモデル

さて、ここからが本題です。 「コストの堀(塩ビ)」と「技術の堀(電子材料)」を持つ会社は、他にもあるかもしれません。

信越化学の「本当の強さ(=真似できないビジネスモデル)」は、これら「2つのお堀」が、社内で**完璧に”繋がっている”**点にあります。

第8回の「成長性分析」で、私たちはその「証拠」を見つけました。

【信越化学の「永久機関」モデル】

  1. **(集金)**まず、「コストの堀(塩ビ事業)」 という「過去の金牛」が、景気の波に乗りながらも、**莫大な現金(FCF)**を生み出し続けます(第4回分析)。
  2. **(貯蓄)**その現金は、会社本体の「1.5兆円の現金要塞(B/S)」 に蓄えられます(第6回分析)。
  3. (投資)経営陣は、その「要塞」の現金を使い、「技術の堀(電子材料・機能材料事業)」 という「未来のエンジン」に、ライバル(SUMCOやWacker)が青ざめる規模の設備投資(種蒔き) を「不況下で」断行します。
  4. **(成長)**やがて不況が明けると、「未来のエンジン」はライバルを突き放して成長し、さらに莫大な現金を「要塞」に送り返します。
  5. (1に戻る)

これが、信越化学の「強さの秘密」です。

ライバルが「単一の事業(塩ビだけ、半導体だけ)」で戦っているのに対し、信越化学は、 「性質の違う(塩ビと半導体)2つのエンジンを持ち、」 「片方(塩ビ)が稼いだ現金を、もう片方(半導体)の成長に、不況下で集中投下する」 という、**異次元のビジネスモデル(=モート・システム)**を構築しているのです。

第10回で見た「圧勝」は、この「ビジネスモデルそのものの差」だったのです。

まとめと次へのステップ

本日の冒険のまとめです。

  1. 企業の「強さ」は、「お堀(モート)」で決まる。モートとは、ライバルが真似できない「参入障壁」である。
  2. 信越化学は、「コスト優位性(塩ビ)」と「技術的優位性(電子材料)」という、2つの強力なモートを持っている。
  3. 信越化学の「真のモート」とは、その2つの事業が「永久機関」のように繋がっている点にある。「過去の金牛(塩ビ)」が稼いだ莫大な現金を、「未来のエンジン(電子材料)」に不況下で集中投資できる「ビジネスモデル」こそが、ライバルを圧勝する強さの源泉だった。

これで、第4部「定性分析」の第一歩が完了しました。

それでは、今日あなたに挑戦してほしい「ベビーステップ」です。 今日の課題は、たった一つ。あなたが毎日通う「コンビニ」や「カフェ」について考えてみてください。 「なぜ、自分はA店ではなく、B店に行くのだろう?」 「B店にしかない『強み(モート)』は、立地? 価格? ブランド? それとも…?」 「お堀」は、私たちの身近に溢れています。


【makoの投資判断:10段階評価】(11/06 定性分析①を反映)

【 9 】(長期的視点での「強気買い」)

理由: 評価は「9」で据え置きです。しかし、この「9」の意味合いは、今日、決定的に変わりました。

これまでの「9」は、「財務(数字)が完璧だから」という「結果」に対する評価でした。 今回の「9」は、その完璧な数字を生み出す「原因」——すなわち、**「塩ビと半導体と現金を循環させる」という、他社が絶対に真似できない「ビジネスモデル(モート)」**に対する評価です。

「なぜ強いのか?」という最後の「Why」が解明された今、この「9」は、ほぼ「10」に匹敵する「確信」へと変わりました。


【次回予告】 さて、私たちは信越化学が「最強のビジネスモデル(モート)」という「完璧な城」を持っていることを知りました。

しかし、歴史上、どれだけ難攻不落の「城」も、**「愚かな城主(経営陣)」**の一手によって、内部から崩壊してきました。

「信越化学の『城主』は、賢明か?」 「第8回で見た『数千億円の未来投資』という決断は、本当に正しい戦略なのか?」

次回、第12回:【定性分析②】経営戦略と市場環境〜経営者は何を目指し、追い風は吹いているか?〜 で、決算短信の「言葉」から、「城主(経営陣)」の「頭の中」を読み解きます。お楽しみに。

免責事項

本記事は、企業分析に関する情報提供を目的としており、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。株式投資は、元本を割り込むリスクを伴います。投資に関する最終的な決定は、ご自身の判断と責任において行われますようお願い申し上げます。本記事の情報に基づいて生じたいかなる損害についても、筆者および関係者は一切の責任を負いません。

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