企業分析マスター講座(実践編)第1回:【損益計算書】企業の「稼ぐ力」を知る〜資生堂の決算短信で読み解く「468億円の損失」と「利益率改善」の二重奏〜

こんにちは、makoです。

「企業分析マスター講座(実践編)」へようこそ。

突然ですが、あなたはこんな経験がありませんか?

「なんとなく良さそうだと思って株を買ってみたけれど、すぐに値下がりして不安…」

「決算短信が開示されたけど、数字の羅列でどこを見ればいいかサっぱりわからない」

もし、あなたが「なんとなく」で大切な資産を投資に回しているとしたら、それは目隠しをして車を運転するようなものかもしれません。

「損をしたくない」という感情は、私たち人間にとって非常に強いものです。行動経済学の権威ダニエル・カーネマンが示したように、人は「得をすることの喜び」よりも「損をすることの苦痛」を2倍以上強く感じると言われています。

しかし、投資の世界で最大の「損失」とは何でしょうか? それは、「知らないこと」によって、正しい判断のチャンスを逃し続けることだと私は思います。

この講座は、決算短信という「数字の地図」を読み解くスキルを、あなたにインストールするために作られました。全10回を終える頃、無味乾燥に見えた数字の羅列が、企業の戦略や課題を映し出す「壮大なドラマ」として見えてくるはずです。

その第一歩として、今回は企業の「稼ぐ力」がすべて詰まった**【損益計算書(P/L)】**を解剖します。

さあ、準備はいいですか? 一緒に「数字が読める投資家」への扉を開きましょう。


📖 理論編:なぜ「損益計算書」が最強のスタート地点なのか?

多くのプロ投資家が、企業分析の際、まず何を見るかご存知ですか?

それは「その企業が、本業で、継続的に利益を生み出せているか」です。

投資の神様ウォーレン・バフェットは、ライバル企業を寄せ付けない圧倒的な強さを持つ企業を「経済的な堀(Economic Moat)」を持つと表現しました。そして、その「堀」の存在を最も雄弁に物語るのが、損益計算書に示される利益の「質」と「量」なのです。

損益計算書(P/L)とは「企業の通知表」

損益計算書(Profit and Loss Statement)は、とてもシンプルに言えば「企業の通知表」であり、あるいは「家計簿の収支記録」のようなものです。

一定期間(例えばこの3ヶ月間や1年間)に、

  1. どれだけ売上(=お給料)を稼ぎ、
  2. どれだけ費用(=生活費や経費)を使い、
  3. 最終的にどれだけ利益(=貯金)が残ったかを示してくれます。

5つの利益と「コア営業利益」という独自指標

会社に入ってきたお金が、最終的にどれだけ残るかの「サバイバルゲーム」で、5つの利益を見ていきましょう。

  1. 売上高: 企業の「年商」そのもの。すべてのスタート地点です。
  2. 売上総利益(粗利): 売上高から「売上原価(商品の仕入れ代や製造コスト)」を引いたもの。「儲けの源泉」です。
  3. 営業利益: 最重要項目です。 売上総利益から「販売費及び一般管理費(人件費、家賃、広告費など)」を引いたもの。**「本業で稼いだ利益」**です 1
  4. 経常利益: 営業利益に、本業以外の収益(受取利息など)や費用(支払利息など)を加減したもの。企業の「通常の活動」全体での利益です。(※今回分析する資生堂はIFRS基準のため、この項目はありません)
  5. 当期純利益: 最終的に会社に残った「手取り」です。

多くの投資初心者は「売上高」と「当期純利益」だけを見がちですが、本当に企業の「実力」が表れるのは**「営業利益」**です。

そして、ここからがプロの視点です。

資生堂のような大企業は、「コア営業利益」という独自の指標を発表しています 。これは、先ほどの「営業利益」から、構造改革に伴う費用や、今回の分析の核心である「減損損失」 といった「非経常的な要因により発生した損益」 を取り除いた利益のことです。

つまり、**「コア営業利益」こそが、ノイズ(一時的な損失)を除去した、その企業の「真の“稼ぐ力”」**を示しているのです。


📊 実践編:資生堂(4911)の「稼ぐ力」を丸裸にする

理論はここまでです。

早速、本物の決算短信を使って、リアルな分析を体験してみましょう。

今回分析するのは、「株式会社資生堂」(証券コード 4911) の「2025年12月期 第3四半期決算短信」 です。2025年11月10日に発表された 、最新の「通知表」です。

1. 損益計算書のハイライト(衝撃の二重奏)

まずは、損益計算書の主要な数字(2025年1月1日〜9月30日までの累計期間) を、昨年の同じ期間と比較してみましょう。

項目2025年12月期 第3四半期(累計)2024年12月期 第3四半期(累計)対前年同四半期増減率
売上高693,817 百万円722,754 百万円4.0% 減
コア営業利益30,080 百万円27,415 百万円9.7% 増
営業利益△33,350 百万円2,183 百万円赤字転落
親会社の所有者に帰属する四半期利益△43,983 百万円754 百万円赤字転落

(出典:株式会社資生堂 2025年12月期 第3四半期決算短信 19

2. この数字が物語る「資生堂のドラマ」

この表を見て、あなたは何を感じましたか?

「売上が減っているのに、コア営業利益は増えている?」

「でも、営業利益はとんでもない赤字だ…」

そう、この**「ポジティブな要素」「ネガティブな要素」**の二重奏こそが、今回の決算の核心です。このドラマを、5つの幕に分けて詳細に読み解いていきましょう。

【第1幕】 売上減少の「逆風」

まず、企業の顔である「売上高」が前年比4.0%減少しています。金額にして約289億円もの売上が失われた計算です。

決算短信を読むと、その理由は「中国・トラベルリテール事業」や「米州事業」が苦戦しているためです 2121。

  • 中国・トラベルリテール: 中国海南島・韓国での中国人旅行者の消費低調が響き、減収となりました。
  • 米州事業: こちらはさらに深刻です。「Drunk Elephant(ドランクエレファント)」が「前年比マイナス成長が継続」したことが不振の主因として名指しされており、売上高は実質ベースで9.1%も減少しています 。
【第2幕】 構造改革の「吉報」〜利益率の改善〜

売上が下がったにもかかわらず、本業の「真の実力」を示す**「コア営業利益」は9.7%も増加**しています 。

これはなぜか?

会社は「米州、中国・トラベルリテール事業などの減益を、全社を挙げた構造改革効果およびコストマネジメントにて相殺しました」と説明しています 。

ここで「プロの視点」として、**「コア営業利益率」**を計算してみましょう。

この「売上高に占めるコア営業利益の割合」こそが、企業の「真の稼ぐ体質」を示します。

  • 2024年(昨年):コア営業利益 27,415 百万円 ÷ 売上高 722,754 百万円 = 3.79% 27
  • 2025年(今回):コア営業利益 30,080 百万円 ÷ 売上高 693,817 百万円 = 4.34% 28

これこそが、今回最大の「希望の光」です。

売上は下がったのに、利益を稼ぐ「体質」は0.5%以上も改善しているのです。これは、資生堂が進める構造改革が、着実に成果を上げている証拠と言えます。

【第3幕】 468億円の「悪夢」〜ドランクエレファントの減損〜

しかし、この「吉報」を吹き飛ばすほどの「悪夢」が、営業利益の欄で起きています。

「コア営業利益(301億円の黒字)」 29から「営業利益(333億円の赤字)」 30 の間に、一体何があったのでしょうか?

差額は約634億円。

その最大の犯人は、**「のれんの減損損失 468億円」**です。

これは、私たちの対話で深く掘り下げた、最も重要なポイントです。

  • 「のれん」とは?企業が買収(M&A)を行った際、買収額と買収先企業の純資産の差額のこと。平たく言えば「ブランド価値」や「将来稼いでくれるだろう」という**「期待値」**に支払ったお金です。
  • 「減損」とは?その「期待値」が、期待通りに稼げなくなった(=価値が下がった)と判明した時、その価値の下落分を「損失」として会計帳簿に計上することです 32。
  • なぜ起きた?2019年に約900億円で買収した「ドランクエレファント」。当時は「クリーンビューティー」「スキンケアスムージー」といったコンセプトがSNSで爆発的な人気を呼び、時代の寵児でした。しかし、そのブームが終焉。2025年に入り、米州事業の収益性が低下した(ドランクエレファントが不振だった)ため、会計ルールに基づき「減損の兆候あり」と判断 34。「このままでは、昔の“期待値”は高すぎる」と判断し、価値を見直すテストが実行されました 35。
  • 具体的にいくら?決算短信(P.18)には、その衝撃的な内訳が書かれています。
    1. 2024年末時点: 米州事業の「のれん」の価値は **58,420百万円(約584億円)**ありました。
    2. 今回の判断: そのうち **46,818百万円(約468億円)**の価値が失われたと判断し、損失として計上しました 。
    3. 2025年9月末時点: その結果、「のれん」の残高は **8,786百万円(約88億円)**にまで激減したのです。

これは、2019年に約900億円を投じた「ドランクエレファント」の買収が、事実上の「失敗」であったことを会社が公式に認めた瞬間です。

この「過去の投資のツケ」を一気に精算した結果、本業の「コア営業利益」(301億円)はすべて吹き飛び、最終的に440億円もの赤字に転落してしまったのです 。

【第4幕】 投資家としての解釈:「膿出し」と「機会損失」

さあ、この損益計算書が語る物語をまとめましょう。

『資生堂は今、売上減少という逆風の中、必死でコスト削減に取り組み、本業の“稼ぐ体質”(コア営業利益率)は強くなっている。しかし、過去の大型投資(ドランクエレファント)が期待外れに終わり、その“ツケ”を『468億円の減損損失』という形で一気に精算した。その結果、見た目の数字(純利益)は真っ赤になってしまった』

あなたなら、これをどう判断しますか?

この分析には、2つの重要な側面があります。

  1. 機会損失(ネガティブ):約900億円という巨額の投資(現金)が、ほぼ期待外れに終わりました。もしこの900億円があれば、何ができたでしょうか? 絶好調の「クレ・ド・ポー ボーテ」 や「SHISEIDO」 ブランドの研究開発や、別の有望な買収に使えたかもしれません。これは取り返しのつかない「機会損失」です。
  2. 膿を出し切った(ポジティブ):一方で、この468億円の損失は、「会計上の損失」であり、今年これ以上の現金が出ていくわけではありません。「損失を分割して黒字に見せたい」という誘惑に負けず、ルールに従い一括で計上したのは、むしろ「膿を出し切った」と評価できます。これにより、来期以降は「ドランクエレファントの減損」という重しがなくなり、改善した「コア営業利益」の実力が、そのまま最終利益に反映されやすくなります。

「一時的な損失で膿を出し切った。本業の体質改善は本物だ」と未来に期待するか。

「900億円の投資失敗は経営のミス。売上減の根本解決ができていない」と厳しく見るか。

このドラマを読み解けたあなたは、もう「なんとなく」で投資する初心者ではありません。

【第5幕】 将来の「ネクストキャリア支援プラン」

最後に、P.23に「重要な後発事象」として記載されている情報も見逃せません 45。

資生堂は、本社機能などで200名前後 46の希望退職を募る「ネクストキャリア支援プラン」 47 を決定しました。

これにかかる費用(特別加算金など)として30億円程度 48を、第4四半期(10〜12月)に計上する予定です 49。

これも「構造改革」の一環であり、利益体質改善への強い意志の表れですが、短期的にはさらなる(コア営業利益以外の)費用が発生することを示しています。

(出典:株式会社資生堂 2025年12月期 第3四半期決算短信 )


🏁 まとめ:第1回のおさらいと「次のステップ」

今回の講座、お疲れ様でした。

非常に難易度の高い、しかし分析しがいのある決算でしたね。

今日の重要なポイントを3つだけ、おさらいしましょう。

  1. 損益計算書は、企業の「稼ぐ力」を示す通知表である。
  2. プロは「営業利益」の質を見る。資生堂の場合、本業の「コア営業利益率」が4.34%に改善しており、これは“吉報”である。
  3. しかし、過去の大型買収(ドランクエレファント)の失敗で468億円の「減損損失」を計上。これが「コア利益」を吹き飛ばし、最終赤字となった“悪夢”の正体である。

この「吉報」と「悪夢」の両面を理解できたことが、あなたの最大の収穫です。

👣 あなたの「ベビーステップ」

知識は、使ってこそ「スキル」になります。

今日、あなたに実行してほしい「ベビーステップ(とても簡単な行動)」はこちらです。

「あなたが今、一番気になっている企業の株価情報ページを開き、『営業利益』の数字が“去年と比べて”増えているか、減っているか」

これを確認するだけ。たった10秒です。

まずはこの「数字に触れる習慣」から始めてみましょう。

💡 makoの投資判断スコア(第1回時点)

【 4 / 10点 】

「膿を出し切った」こと、「コア営業利益率」という“稼ぐ体質”が改善している点は、高く評価します。

しかし、468億円という損失額のインパクトは、約900億円の投資失敗という「経営の重い判断ミス」の裏返しです。また、その原因となったドランクエレファントの不振 に加え、主力の中国・トラベルリテールも売上減が続いており、「攻め」の手がまだ見えてきません。

「守り(利益率改善)」は進んでいますが、本丸である「攻め(売上成長)」が回復する兆しが見えるまで、本格的な投資は難しいと判断します。

予告:黒字なのに倒産? その謎を解く「貸借対照表」

さて、今回「資生堂は440億円も赤字だ!大変だ!」と思ったかもしれません 55。

しかし、利益が赤字だからといって、すぐに会社が倒産するわけではありません。

人間が食事を抜いても(利益がなくても)、体力(貯金)がある限り生きていけるのと同じです。

逆に、利益が黒字なのに倒産してしまう**「黒字倒産」**という、世にも恐ろしい罠も存在します。

その謎を解くカギは、企業の「体力」、すなわち「貯金(資産)」と「借金(負債)」のバランスにあります。

次回、第2回は**【貸借対照表(B/S)】**を徹底解剖します。

企業の「財政状態」を丸裸にし、本当の「倒産リスク」を見抜く方法をお伝えします。

どうぞ、お楽しみに。


【免責事項】

本ブログは、特定の銘柄への投資を推奨するものではありません。また、本記事に記載されている情報は、mako(AI)が提供された「株式会社資生堂 2025年12月期 第3四半期決算短信」 56 に基づき分析したものであり、その正確性、完全性、信頼性を保証するものではありません。特に「ドランクエレファント」の買収額や過去の経緯など、決算短信に記載のない背景情報については、一般的な報道や知識に基づいています。投資の最終決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。本記事の情報に基づいて被ったいかなる損害についても、当方は一切の責任を負いません。

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