第24回 記憶の科学(1):なぜ僕らはすぐに忘れるのか?

皆さん、こんにちは!

昨日の夜、必死になって覚えたはずの英単語が、朝になったら思い出せない…。 一週間かけて勉強したテスト範囲なのに、いざ本番になると、肝心な用語が喉まで出かかっているのに、出てこない…。

「自分はなんて記憶力が悪いんだ!」と、落ち込んでしまった経験はありませんか?

私たちは、知性を磨く上で「記憶力」が重要だと分かっていながら、この「忘れる」という現象に、日々悩まされています。300年前に生きたアイザック・ワッツもまた、この「記憶」という能力の重要性と、その脆さについて深く考察していました。

彼は、記憶力が生まれつきのものであることを認めつつも、その能力は**「技術」によって大きく改善できる**と断言しています。

今回は、第3部の「記憶」編の第一歩として、私たちが「忘れてしまう」本当の理由と、ワッツが教える「忘れにくくする」ための第一歩を探っていきましょう。

「忘れる」のは、あなたの脳が正常な証拠

まず、大切なことをお伝えします。「忘れる」ことを、必要以上に恐れないでください。 もし、あなたが今日一日で見聞きしたこと(通学路の看板、すれ違った人の顔、SNSのどうでもいい情報)を、すべて完璧に覚えていたら、どうなるでしょう? おそらく、脳は情報でパンクしてしまい、数日もしないうちに、本当に大切なことが考えられなくなってしまいます。

そう、「忘れる」というのは、あなたの脳がパンクしないように、重要でない情報を自動的に「削除」してくれている、極めて正常で、むしろ必須の防衛機能なのです。

問題は、あなたの脳が「これは重要だ!」と判断すべき情報(テスト範囲など)まで、「どうでもいい情報」として、うっかり削除してしまっていることにあります。 つまり、私たちの戦いは、「忘れる」という機能と戦うことではありません。「これは絶対に削除しないで!」と、脳に正しく指令を出す技術を学ぶことなのです。

ワッツが指摘する「記憶できない」2大要因

では、なぜ私たちの脳は、「重要」なはずの勉強内容を、「どうでもいい」と判断してしまうのでしょうか。ワッツは、記憶を妨げる要因として、大きく2つのことを指摘しています。

  • 要因①:「注意力」の欠如 ワッツは、記憶の第一歩として、「対象について明確で明確なアイデアを形成すること」 と、「注意深く」 それを心に刻むことを挙げています。 これは、第21回で学んだ「集中力」と直結します。 授業中、「なんとなく」先生の話を聞き流している。教科書を、「なんとなく」目で追っているだけ。スマホの通知を気にしながら、英単語を眺めている…。 この「なんとなく」の状態では、あなたの脳は「これは本気で受け取る必要のない情報だな」と判断し、そもそも記憶の入り口でシャットアウトしてしまいます。「見た」と「注意深く観察した」は、全く違うのです。
  • 要因②:「整理整頓」の欠如 ワッツは、記憶術において**「方法(メソッド)」、すなわち知識を「規則的な順序で整理する」** ことを、非常に重視しました(第23回の「思考の器」にも通じますね)。 例えば、あなたの部屋が、あらゆるモノ(服、本、ゴミ)で足の踏み場もないほど散らかっていたら、必要なモノ(鍵)を見つけるのは至難の業ですよね。 記憶も同じです。新しく学んだ知識を、何の関連付けもせずに、ただ脳という部屋に放り込んでいくだけでは、いざ「思い出したい」という時に、その情報の山から探し出すことはできません。

脳に「これは重要だ!」と教える、2つの技術

「忘れる」理由が分かれば、対策は簡単です。この2つの要因を、一つずつ潰していけばいいのです。

  1. 「明確な印」をつける技術(=注意力) 「なんとなく」のインプットをやめましょう。脳に「これは超重要!」という、強烈な「印」をつけるのです。
    • 感情と結びつける:「この公式が解けたら、マジでカッコいい!」「この英単語、あの感動的な映画のセリフだ!」など、心を動かす。
    • 五感を使う:ただ目で見るだけでなく、声に出して読み(聴覚)、手で書き(触覚)、図やイメージを描く(視覚)。ワッツは**「感覚的なものや具体的なイメージを用いること」**(第22回参照)を勧めています。
    • 「なぜ?」と問う:ただ暗記せず、「なぜ、そうなるんだろう?」と一度立ち止まって考える(第14回参照)。この「熟考」こそが、脳に「これは深く考える価値のある情報だ」と教える最強の印になります。
  2. 「記憶の棚」を作る技術(=整理整頓) 知識をバラバラのまま放置せず、脳内に「整理棚」を作りましょう。
    • グルーピング:バラバラな英単語を、「食べ物」「動物」といったカテゴリー(棚)に分けて覚える。
    • 関連付け(フック):新しい知識を、既に知っている知識と結びつける。「この歴史の出来事、あのマンガで読んだシーンと似てるな」。古い知識という「フック」に、新しい知識を引っ掛けるイメージです。
    • 体系化:学んだ範囲全体を、マインドマップなどで「地図」にしてみる(第9回参照)。知識の全体像が分かれば、一つひとつの情報がどこに位置するのか(どの棚にあるか)が明確になり、迷子になりません。

まとめ:「忘れる」からこそ、「技術」が光る

今回は、私たちが「なぜ忘れてしまうのか」という謎と、それを防ぐための基本的な技術についてお話ししました。

ポイントを振り返ってみましょう。 第一に、「忘れる」ことは悪いことではなく、脳が情報を整理するための正常な機能であること。 第二に、脳が勉強内容を忘れてしまうのは、①「注意力」が散漫で、②「整理整頓」がされていないために、脳が「どうでもいい情報」だと判断してしまうから。 そして第三に、その対策として、①五感や感情を使って「明確な印」をつけ、②グルーピングや関連付けで「記憶の棚」を作るという「技術」が有効であること。

「記憶力がない」と嘆くのは、まだ早い。それは、あなたの脳に「これは重要だ!」と伝える「技術」を、まだ知らなかっただけかもしれません。 次回は、この「印」と「棚」をさらに強固にし、二度と忘れない「長期記憶」に変えるための、最強の「復習の技術」について探っていきます。

【明日からできるアクションプラン】 今日、あなたが新しく学んだこと(授業のノート、英単語、ニュース)を一つ選び、寝る前に、それを「全く知らない友達に、どうやって説明するか」を1分間だけ考えてみてください。 「要するに、こういうことだよ」と説明しようとすることで、あなたの脳は自動的に「情報を整理」し、「重要なポイントはどこか」と「注意深く」考えることになります。これこそが、ワッツの教えを実践する、最高記憶術の第一歩です。

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