
こんにちは、makoです。
企業分析マスター講座、第6回へようこそ。
あなたは、投資する企業を選ぶとき、何を重視しますか?
「成長性」でしょうか? それとも「安定性」でしょうか?
企業が稼いだ利益(あるいは現金)の使い道は、大きく分けて2つしかありません。
- 会社に再投資する: 新しい工場を建て、M&Aを行い、研究開発(R&D)に回す。「成長」のために使われます。
- 株主に還元する: 「配D金」として現金を分配したり、「自社株買い」を行ったりする。「安定」や「株価上昇」のために使われます。
投資の神様ウォーレン・バフェットは、「経営陣が1ドルの利益を、1ドル以上の市場価値(株価)に変えられないのであれば、その1ドルは配当として株主に返す(還元する)べきだ」という趣旨の発言をしています。
つまり、私たち投資家は、経営陣が「再投資」と「還元」のどちらに、どれくらいの比重を置いているのか、その**「姿勢」**を厳しく見極める必要があるのです。
「成長」ばかりを優先し、株主を軽視する経営者もいれば、「成長」のタネがないのに、無理な「配当」を続けて会社を弱らせる経営者もいます。
その「姿勢」を見抜くモノサシが、今回のテーマである【株主還元分析】です。
📖 理論編:「配当」の“ウソ”を見破る2つのモノサシ
株主還元(特に配当)の「質」を見抜くために、プロの投資家は2つのモノサシを使います。
1. 配当利回り(%) — 銀行預金の「利率」
- 計算式: 配当利回り(%) = 1株あたりの年間配当金 ÷ 株価 × 100
- モノサシの意味: 「その株を今買うと、投資額(株価)に対して何%の配当がもらえるか」を示します。
- 例: 株価2,000円の株が、年間80円の配当を出せば、配当利回りは4%です。
- 目安: 日経平均の平均は2%前後。一般的に「高配当」と呼ばれるのは3.5%〜4%以上ですが、高ければ良いというものではありません。
2. 配当性向(%) — 家計の「仕送り率」
- 計算式: 配当性向(%) = 配当金の総額 ÷ 当期純利益 × 100
- モノサシの意味: その年に稼いだ「利益(純利益)」のうち、何%を株主への配当に回したか、です。
- 例: 1年で100万円(純利益)稼いだ会社が、30万円(配当総額)を配当したら、配当性向は30%です。
- 目安: 30%〜50%が一般的。100%を超えると「利益以上に配当を出している」危険な状態(=蛸足配当)とされます。
プロの視点:「配当性向100%超え」のワナ
ここで、第1回〜第3回の分析が活きてきます。
「配当性向が100%を超えたら危険」…では、もし「当期純利益」が**マイナス(赤字)**だったら?
計算式「(配当金)÷(マイナスの純利益)」は、分母がマイナスになり、意味を成しません。
これが、**「赤字なのに配当」**の正体です。
アマチュアの投資家は、ここで「P/L(利益)が赤字なのに配当を出すなんて、蛸足配当だ!危険だ!」と叫んで株を売ってしまいます。
しかし、私たち「企業分析マスター講座」の受講生は違いますよね?
私たちは、利益(P/L)と現金(C/S)は別物であることを知っています。
私たちは、P/Lの利益が「現金支出を伴わない“幻の損失”(=減損損失)」によって歪められることがあることを、知っています。
プロの投資家は、P/Lが赤字の場合、「配当性向」という“見せかけ”の指標を捨てます。
そして、「この配当は、**“本業の現金創出力(営業CF)”で賄えているか?」という、「キャッシュフロー(現金)ベース」**で安全性を測り直すのです。
📊 実践編:資生堂(4911)の「株主への姿勢」を徹底解剖する
さあ、理論はここまでです。
いよいよ、資生堂の「赤字なのに配当」の謎を、決算短信のファクト(事実)に基づいて完全に解き明かしましょう。
1. 株主還元分析のための主要データ
まず、決算短信から「配当」に関するすべての情報を抜き出します。
| 項目 | 2025年12月期(今回) | 2024年12月期(昨年) |
| 第2四半期末 配当金(1株) | 20.00円 | 30.00円 |
| 期末 配当金(1株) | 20.00円(予想) | 10.00円 |
| 年間 合計配当金(1株) | 40.00円(予想) | 40.00円 |
次に、P/L(損益計算書)の通期予想から、利益の数字を確認します。
| 項目 | 2025年12月期(通期予想) |
| 当期純利益(親会社に帰属) | -52,000 百万円 |
| コア営業利益 | +36,500 百万円 |
(出典:株式会社資生堂 2025年12月期 第3四半期決算短信)
2. この数字が物語る「経営陣の“覚悟”」
この2つの表を並べただけで、凄まじい「物語」が見えてきませんか?
【物語①】アマチュアの絶望:「配当性向∞」の恐怖
通期の最終利益が**「520億円の赤字」予想 にもかかわらず、
年間の配当金は「40円」を維持する**と宣言しています。
もし、P/L(純利益)をベースに「配当性向」を計算しようとすれば、
「(配当金)÷(-520億円)」となり、計算不能(あるいはマイナス無限大)です。
「利益の100%どころか、利益がないのに配当を出す」
これこそが、アマチュアの投資家が恐れる**「蛸足配当」**の姿、そのものです。
「資生堂は、ついに自らの足を食い始めた…」と。
【物語②】プロの確信:「現金の裏付け」と「経営の“声”」
しかし、私たちは第3回(C/S分析)で、この「赤字」が**“見せかけ”であることを知っています。
P/Lは赤字でも、本業の現金創出力(営業CF)は、この9ヶ月間だけで「+615億円」と絶好調でした。
一方、9ヶ月間で支払った配当金(財務CFの一部)は「-118億円」**です。
本業で稼いだ現金(+615億) >>> 支払った配当金(-118億)
これは、揺るぎない「ファクト(事実)」です。
「蛸足配当」どころか、**「本業で稼いだ現金の、わずか5分の1程度で、余裕で配Dを支払えている」**のが真実だったのです。
経営陣は、この事実を株主に伝えるため、決算短信P.9で、**“声”**を大にして宣言しています。
本業績予想の修正(=520億円の赤字への修正)に伴う2025年12月期の配当予想に変更はありません。
当期は、中間配当20円(実施済)、期末配当20円と、年間40円の配当を実施する予定です。
【結論】これは「蛸足配当」ではなく「“覚悟”の配当」
この一連の流れから、私たちが読み取るべき「物語」はこうです。
「P/Lの赤字は、ドランクエレファントの減損(一時的な非現金損失)が原因だ。
しかし、私たちの“本業の実力”(コア営業利益:+365億円) と、“現金を稼ぐ力”(営業CF:+615億円)は、昨年よりもむしろ強くなっている。
だから、この“見せかけの赤字”に惑わされてはいけない。
私たちは、株主との約束(年間40円配当)を、強靭なキャッシュフロー(現金)と分厚い自己資本(体力)をもって、断固として守り抜く」
これは、経営陣の「株主への姿勢」を示す、**「“覚悟”の配当」**に他なりません。
「危険な配当」どころか、これ以上ないほど「ポジティブ」で「力強い」メッセージだと、私は分析します。
【深掘り分析】なぜ、あえて配当を「下げなかった」のか?
決算短信にはその理由は書かれていませんが、これまでのファクト(事実)から、その「経営判断」を読み解くことができます。
もし、ここで経営陣が「赤字になったから」という“表面的な理由”だけで安易に配当を下げたら(減配したら)、どうなったでしょうか?
財務諸表を深く読めない投資家たちは、「やはり資生堂は危険だ!」「蛸足配当もできないほど資金繰りが悪化したんだ!」とパニックになり、株価は大暴落したかもしれません。
そうさせないため、経営陣は**「あえて配当を維持する」**という最強のカードを切ったのです。
これは、株主に対する、
「P/Lの見た目の赤字に怯えるな。あれは“会計上の幻”だ」
「我々の本業の“現金創出力”(営業CF)は絶好調だ」
「株主との約束(配当)は、この強靭なキャッシュフローをもって断固として守り抜く」
という、経営の“自信”と“覚悟”を伝える、最も力強いメッセージだったと私は分析します。
🏁 まとめ:第6回のおさらいと「次のステップ」
今回の講座、お疲れ様でした。
「赤字なのに配当」という、一見すると非常に危険に見える事象の裏に隠された、「経営陣の“覚悟”」と「強靭な“現金創出力”」を読み解くことができましたね。
今日の重要なポイントを3つ、おさらいしましょう。
- 「赤字なのに配当」には、危険な「蛸足配当」と、自信の表れである「“覚悟”の配当」の2種類がある。
- P/Lが赤字(純利益 -520億円)の場合、「配当性向」は役に立たない。プロは「営業CF(現金)」で支払い能力を測る。
- 資生堂の営業CF(+615億円)は配当支払額(-118億円)を余裕でカバーしており、年間40円の配当維持 は「蛸足」ではなく「経営の自信と覚悟の表れ」であると分析できる。
これで、財務三表と、それを使った「収益性」「安全性」「株主還元」の分析がすべて完了しました。
私たちは、資生堂が「(経営の失敗はあったが)財務的に極めて安全で、現金を稼ぐ力も強く、株主還元の姿勢も強い。しかし、稼ぐ効率(ROA)が悪い」という、非常に立体的な企業像を浮かび上がらせることに成功しました。
👣 あなたの「ベビーステップ」
さあ、今回も知識を「スキル」に変えましょう。
今日、あなたに実行してほしい「ベビーステップ」はこちらです。
「あなたが今、一番気になっている企業の『配当金(年間)』と『営業キャッシュ・フロー(年間)』を調べてみましょう。営業CFは、配当金の何倍ありますか?」
(※Yahoo!ファイナンスなどで簡単に確認できます。最低でも1倍以上、できれば3倍以上あると安心です)
これだけで、その会社の「配Dの持続可能性(安全性)」が、肌感覚で分かるようになりますよ。
💡 makoの投資判断スコア(第6回時点)
【 6 / 10点 】
(第5回時点:5点 → 第6回時点:6点)
第5回では「安全だが非効率」として「5点」を維持しました。
今回の分析で、「赤字なのに配当を維持する」という経営陣の**「強い株主還元の“姿勢”」と、それを裏付ける「強靭な“現金創出力”(営業CF)」**がファクトとして確認できました。
これは、投資家(特にインカムゲインを重視する株主)にとって、非常にポジティブなシグナルです。
「経営の失敗(減損)」というマイナスは大きいですが、「株主を裏切らない」という“覚悟”を高く評価し、スコアを1点引き上げ、「6点」とします。
予告:「未来」の分析へ。成長性と、株価の「割安感」
お疲れ様でした。
ついに、私たちは資生堂の「過去」と「現在」を映し出す「財務分析(定量分析)」をすべて終えました。
しかし、株価は「過去」や「現在」だけでは決まりません。
株価は、投資家たちの**「未来への期待」**で動きます。
「資生堂の売上は、これから“成長”するのか?」
「そして、今の株価は、その“成長”に対して“割安”なのか?」
次回、第7回は【成長性・割安性分析】。
「売上高成長率」で未来の“伸び”を予測し、投資家が最も使うモノサシ「PER(株価収益率)」で、今の株価が“お得”かどうかを測ります。
いよいよ分析は「未来」の領域へと入っていきます。どうぞ、お楽しみに。
【免責事項】
本ブログは、特定の銘柄への投資を推奨するものではありません。また、本記事に記載されている情報は、「株式会社資生堂 2025年12月期 第3四半期決算短信」に基づき分析したものであり、その正確性、完全性、信頼性を保証するものではありません。投資の最終決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。本記事の情報に基づいて被ったいかなる損害についても、当方は一切の責任を負いません。

