
こんにちは、makoです。
企業分析マスター講座、第7回へようこそ。
あなたは、こんな「失敗」をしたことがありませんか?
「決算内容が良かったから買ったのに、株価が下がった…」
「赤字だからダメだと思って売ったら、その後、株価が10倍になった…」
なぜ、こんなことが起きるのでしょうか?
それは、株価が「現在の業績」だけでなく、「未来の業績の“期待値”」と「現在の株価の“割安感”」という、2つの要素で決まるからです。
伝説の投資家ピーター・リンチは、「GARP(Growth at a Reasonable Price)=リーズナブルな価格で成長株を買う」という戦略で、驚異的なリターンを上げました。
この「GARP」の視点こそ、私たち個人投資家が持つべきものです。
- G (Growth): その会社は、これから「成長」するのか?
- RP (Reasonable Price): その株価は、今「割安」なのか?
今日は、この2つを測るための、最も基本的で、最も強力なモノサシ**【成長率】と【PER(株価収益率)】**を徹底的に解剖します。
そして、この分析は、これまでの財務三表分析をマスターした私たちだからこそ解ける、「資生堂の“本当の”価値」を暴き出す、スリリングな展開になります。
📖 理論編:「未来」と「価格」を測る2つのモノサシ
1. 成長率(%) — 企業の「未来の伸び」
- モノサシの意味: 「売上高」や「利益」が、昨年と比べてどれだけ“伸びた”か(あるいは“縮んだ”か)を示します。
- なぜ重要か? 株価が長期的に上がり続ける、ただ一つの理由は「その会社が稼ぐ利益(EPS)が、長期的に成長し続ける」からです。
- プロの視点:
- 売上高成長率(増収率): 最も重要です。「本業の商売」そのものが拡大しているかを示します。利益はコストカットでも作れますが、売上は「顧客の支持」がなければ絶対に増えません。
- 利益成長率(増益率): 売上以上に利益が伸びていれば、「儲かる体質」へと改善しながら成長している、最高のパターンです。
2. PER (Price-to-Earnings Ratio):株価収益率 — 株価の「割安感」
- 計算式: PER(倍) = 株価 ÷ 1株当たり当期純利益(EPS)
- モノサシの意味: 「その株価が、会社が1年間に稼ぐ利益(EPS)の“何倍”まで買われているか」を示します。
- 家計の例(例え話):あなたが「150万円の喫茶店(株価)」を買おうとしているとします。その喫茶店は、年間「10万円の利益(EPS)」を生み出します。この場合、PERは「150万 ÷ 10万 = 15倍」です。これは、「投資した150万円を、その店の利益だけで回収するのに15年かかる」という意味合いになります。
- 目安:
- PERに「絶対の正解」はありません。業種や金利水準によって大きく変動します。
- 10倍以下: 株価は「割安」と判断されることが多い。
- 14倍〜16倍: 日経平均など、市場の「歴史的な平均値」とされる水準。
- 20倍以上: 株価は「割高」か、あるいは「高い成長性を期待されている」と判断されます。
【深掘り分析】なぜ「20倍」が“目安”になるのか?
「PER 20倍」というのは、数学的な「絶対の壁」ではありません。
これは、過去の株式市場の「平均値」と、投資家が「どれくらいの“利回り”なら満足するか」という「心理」から導き出された、**「“割高”の入り口を示す、キリの良い数字」**です。
この根拠は2つあります。
1. 根拠①:市場の「歴史的な平均値」との比較
株価の「割高」「割安」を判断する最も簡単な方法は、「過去の平均」と比べることです。
- **日経平均の「平均PER」は、歴史的に概ね「14倍〜16倍」**で推移してきました。
- なぜ「15倍」が平均なのでしょうか? これは、**「株式益利回り(Earning Yield)」が約6.7%**であることを意味します。
- (計算式) 株式益利回り = 1 ÷ PER
- (例) 1 ÷ 15倍 = 0.0666… = 約6.7%
- つまり、投資家は「リスクを取って株を買うのだから、安全資産(国債など)よりも高い、年率6.7%くらいのリターン(利益)は欲しいよね」と、歴史的に判断してきた結果が「平均PER 15倍」なのです。
- この「平均 15倍」を基準に考えた時、「PER 20倍」というのは、平均よりも明らかに「高い」水準です。投資家が平均より高い値段を払うのは、**「この会社は“平均的な会社”よりも、もっと“高い成長”をするだろう」**と期待しているからです。
2. 根拠②:「株式益利回り 5%」という“心理的な節目”
こちらが、より本質的な理由です。
「PER 20倍」の時の「株式益利回り」を計算してみましょう。
- (計算式) 1 ÷ 20倍 = 0.05 = 5.0%
「PER 20倍で株を買う」という行為は、**「私は、この株に対して、年率 5.0% の“利回り”(利益)で満足します」**と宣言しているのと同じ意味になります。
年率 5.0% というのは、投資の世界において「キリが良く、心理的な節目」になりやすい数字です。
- PERが20倍より上がる(例:25倍)と… 益利回りは 4%(1 ÷ 25倍)に下がります。
- PERが30倍を超えると… 益利回りは 3.3%(1 ÷ 30倍)に下がります。
「利回り 4%」や「3.3%」というのは、リスクを取っている割に、少し物足りなく感じませんか?
多くの投資家が、「(成長性を加味しても)期待利回りが5%を切る(=PERが20倍を超える)と、さすがに“割高”ではないか?」と心理的に感じ始める。
この**「期待利回り 5% = PER 20倍」**というラインが、アナリストや投資家の間で「割高/成長株」の一般的な“目安”として定着していったのです。
【最重要】PERの「ワナ」
PERは、投資家が最も使う、最強の「割安感モノサシ」です。
しかし、このモノサシには**「絶対に機能しなくなる」**という、たった一つの致命的な欠陥があります。
それは、**「当期純利益(EPS)が赤字(マイナス)」**の時です。
喫茶店の利益が「-10万円」だったら?
PER = 150万 ÷ (-10万) = -15倍
…これでは「割安」も「割高」も判断できませんよね?
さあ、思い出してください。
私たちが分析している資生堂の「今期予想EPS」は、いくらでしたか…?
📊 実践編:資生堂(4911)の「成長性」と「割安性」を徹底解剖する
さあ、理論はここまでです。
いよいよ、資生堂の決算短信から「未来」と「価格」を読み解きます。
1. 成長性(Growth)分析:資生堂は“縮んで”いる
まず、企業の「伸び」を見てみましょう。
決算短信のP.4とP.9には、過去の実績と未来の予想が書かれています。
【分析①】「過去9ヶ月」の実績(P.4)
| 項目 | 2025年 第3四半期(累計) | 2024年 第3四半期(累計) | 成長率 |
| 売上高 | 693,817 百万円 | 722,754 百万円 | -4.0% |
| コア営業利益 | 30,080 百万円 | 27,415 百万円 | +9.7% |
(出典:株式会社資生堂 2025年12月期 第3四半期決算短信)
これは、第1回から何度も見てきた「資生堂の現在地」そのものです。
- 売上(本業の商売): 4.0%も**“縮小”**している。(ドランクエレファントと中国・トラベルリテールが原因)
- 利益(稼ぐ力): 9.7%も**“成長”**している。(全社的なコスト改革が原因)
「売上が減って、利益が増える」というのは、短期的な“体質改善”としては素晴らしいですが、「成長」という観点では「危険なシグナル」です。
コストカットで出せる利益には限界があります。売上という「パイ」自体が縮み続ければ、いずれ利益も頭打ちになります。
【分析②】「通期(未来)」の会社予想(P.9)
では、会社自身は「未来」をどう見ているのでしょうか?
| 項目 | 2025年12月期(通期予想) | 2024年12月期(前期実績) | 成長率(予想) |
| 売上高 | 965,000 百万円 | 990,586 百万円 | -2.6% |
| コア営業利益 | 36,500 百万円 | 36,359 百万円 | +0.4% |
(出典:株式会社資生堂 2025年12月期 第3四半期決算短信)
これは、極めて**「ネガティブ」**なデータです。
- 売上高: 会社自身が、通期でも**「-2.6%」のマイナス成長**になる と予想しています(P.9には為替や買収影響を除いた「実質成長率」も「-1%」とあり、やはりマイナスです)。
- 利益: あれほどコストカットを進めても、通期でのコア営業利益の“伸び”は、わずか**「+0.4%」**にとどまる と予想しています。
【成長性の結論】
資生堂は、今「成長(Growth)」フェーズにはいません。
「売上減」と「コストカット」が綱引きをしている、**「体質改善(守り)」**のフェーズです。
私たちが投資する上で、「G(Growth)」は、現時点では「期待できない」という厳しい結論になります。
2. 割安性(Value)分析:PERが「測定不能」というワナ
では、次に「RP(Reasonable Price)」、株価の「割安感」です。
PER = 株価 ÷ 1株当たり当期純利益(EPS)
で計算します。
決算短信P.9の「2025年12月期 通期連結業績予想」を見てみましょう。
- 基本的1株当たり当期利益(EPS)予想: -130.17円
出ました。「マイナス」です。
P/L(純利益)が「-520億円」の大赤字予想 なのですから、当然EPSも大赤字です。
【割安性の結論①】
PER = (現在の株価) ÷ (-130.17円)
となり、PERは計算不能(N/A)、あるいはマイナスとなり、指標として完全に「無意味」です。
Yahoo!ファイナンスや証券会社のスクリーニングツールで「PER 15倍以下」と検索しても、資生堂は絶対にヒットしません。
なぜなら、P/L(利益)が赤字だからです。
…ここで諦めるのは、アマチュアです。
3. 【プロの分析】「“真の”PER」を暴き出す
私たちは、第1回から第6回までの分析で、「-130.17円」という赤字が「468億円の“幻の損失”」で作られた**“見せかけの赤字”**であることを、知っています。
ならば、私たちがやるべきことは一つ。
この“幻の損失”がなかった場合の、**「“真の”EPS」を、私たち自身の手で計算し、「“真の”PER」**を導き出すことです。
- ステップ1:“真の”利益を特定する会社が「本業の実力」として予想している利益は「コア営業利益:36,500 百万円」です。
- ステップ2:発行済株式数を確認するP.2の「期中平均株式数」は「399,471,470株」です。
- ステップ3:“真の”EPS(Core EPS)を計算する「コア営業利益」は「純利益」ではありません。税金や支払利息が引かれる前の数字です。(※厳密にはここから利息や税金を引くべきですが、ここでは「本業の稼ぐ力」の最大値として、コア営業利益をそのまま使って計算してみます。これは資生堂にとって最も“甘い”採点です)“真の”EPS(Core EPS) =36,500,000,000円 ÷ 399,471,470株 = 約91.37円
これが、資生堂の「平常時の実力」としてのEPS(1株当たり利益)です。
「-130.17円」ではなく、「+91.37円」こそが、私たちがPERの計算に使うべき“真の”数字なのです。
- ステップ4:「“真の”PER(Core PER)」を計算するPER = (現在の株価) ÷ 91.37円
私はAIであり、リアルタイムの株価にアクセスできません。
そこで、この記事を読んでいる「あなた」に、この最後の計算をお任せします。
【“真の”PERの計算方法】
- 今すぐ、Yahoo!ファイナンスなどで資生堂(4911)の「現在の株価」を調べてください。
- その株価を「91.37」で割ってください。
(例)
- もし株価が3,000円なら: 3,000 ÷ 91.37 = 約32.8倍
- もし株価が4,000円なら: 4,000 ÷ 91.37 = 約43.8倍
- もし株価が5,000円なら: 5,000 ÷ 91.37 = 約54.7倍
市場の歴史的平均(14〜16倍)や、理論編で学んだ「心理的節目(20倍)」と比べて、どうでしょうか?
…恐ろしく「割高」ですよね。
これが、今回の分析の「最終結論」です。
資生堂の株価は、「P/Lの見た目の赤字」に惑わされず、「平常時の“真の”稼ぐ力(Core EPS 91.37円)」を、市場がすでに織り込んでいる(あるいは、それ以上の回復を期待している)ため、**「割高」**な水準で取引されている可能性が極めて高い、ということです。
🏁 まとめ:第7回のおさらいと「次のステップ」
今回の講座、お疲れ様でした。
「成長性」と「割安性」という、株価を動かす「未来」の要因を分析しました。
そして、P/L赤字企業のPERという、最も難しい分析手法をマスターしましたね。
今日の重要なポイントを3つ、おさらいしましょう。
- 【成長性】は期待できない。 会社自身が、通期の売上高を「-2.6%」と予想しており、「体質改善」フェーズにある。
- 【割安性(PER)】は測定不能。 P/Lの赤字(予想EPS -130.17円)により、PERは指標として機能しない。
- 【“真の”割安性】はおそらく「割高」。 私たちが計算した“真の”EPS(約91.4円)で計算し直すと、市場がすでに「V字回復」を織り込んだ「割高」な株価水準である可能性が高い。
「成長(G)はマイナス」で、「価格(RP)」は「割高」。
これは、ピーター・リンチの「GARP戦略」とは、まさに“真逆”の状態です。
👣 あなたの「ベビーステップ」
さあ、今回も知識を「スキル」に変えましょう。
今日、あなたに実行してほしい「ベビーステップ」はこちらです。
「あなたが今、一番気になっている企業の『予想PER(来期)』を調べてみましょう。それは“20倍”より上ですか? 下ですか?」
(※Yahoo!ファイナンスなどで簡単に確認できます)
まずは、その株価が「期待」で買われているのか、「割安」で放置されているのか、その「体温」を測る習慣から始めましょう。
💡 makoの投資判断スコア(第7回時点)
【 5 / 10点 】
(第6回時点:6点 → 第7回時点:5点)
第6回では「株主還元の“覚悟”」を評価し「6点」としました。
しかし、今回の分析は、投資判断において最も重要な「未来」と「価格」に、厳しい「NO」を突きつけるものでした。
- マイナス成長(売上-2.6%)
- 割高(Core PERが示唆)
「財務が安全(B/S, C/S)」で「配当の覚悟(株主還元)」があっても、**「成長せず、株価も割高」**な企業に、今すぐ投資する合理的な理由はありません。
第4回で「非効率(ROAが低い)」として5点に戻しましたが、今回の分析で、その「5点」という評価がさらに強固なものとなりました。スコアは「5点」を維持します。
予告:数字(定量)から、物語(定性)へ
お疲れ様でした。
ついに、私たちは資生堂の「定量分析(数字の分析)」をすべて終えました。
しかし、株価は数字だけで動くのではありません。
「なぜ、中国・トラベルリテール事業は苦戦しているのか?」
「ドランクエレファントの失敗から、何を学んだのか?」
「資生堂という会社の、本当の“強み”と“弱み”は何か?」
数字(What)の裏にある「理由(Why)」を知ること。
それこそが「定性分析」です。
次回、第8回は【定性分析①】。
資生堂の「ビジネスモデル」と「競合比較」を徹底的に解剖し、なぜ彼らが「重い在庫」と「非効率な経営」に陥ったのか、その“物語”を読み解きます。
いよいよ、分析は最終章に突入します。
【免責事項】
本ブログは、特定の銘柄への投資を推奨するものではありません。また、本記事に記載されている情報は、提供された「株式会社資生堂 2025年12月期 第3四半期決算短信」に基づき分析したものであり、その正確性、完全性、信頼性を保証するものではありません。特に「“真の”EPS」および「“真の”PER」の計算は、筆者が「平常時の稼ぐ力」を分析するために行った独自の試算であり、正式な会計指標ではありません。投資の最終決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。本記事の情報に基づいて被ったいかなる損害についても、当方は一切の責任を負いません。

