『サマーゴースト・オブザーバー』

観測室の空気は、いつも夏の匂いがしない。 調整された摂氏22度の無機質な空間で、俺、リクはホログラムに映し出された5年前の夏を、飽きもせず再生していた。 『記録番号815。再生開始』 合成音声が響き、目の前にまばゆい光が…

『玻璃(はり)の食卓』

第一章 富山唯継(とみやまただつぐ)が、その妻・鴫沢宮(しぎさわみや)を娶(めと)りてより、早や二年(ふたとせ)の歳月が流れようとしていた。芝(しば)に構えた新宅は西洋建築の粋を集め、夜毎(よごと)に開かれる饗宴の灯りは…

『月影の嫉妬』

序 月の光というものは、つくづく不公平なものだと思う。 天の頂にあるときは、分け隔てなく地上を照らすように見えて、その実、光の当たる場所と、色濃くなる影とを、冷ややかに選び分けているのだから。 かつて、私は光の中にいた。…