『夏が始まった、僕らの番だ』

アスファルトの照り返しと、無機質なシャッター音の洪水から逃げ出したかった。息が詰まるような満員電車も、クライアントの顔色を窺うだけの打ち合わせも、何もかもを投げ出して、僕は海辺の町へ向かう電車に飛び乗った。 目的の駅は、…

『サマーゴースト・オブザーバー』

観測室の空気は、いつも夏の匂いがしない。 調整された摂氏22度の無機質な空間で、俺、リクはホログラムに映し出された5年前の夏を、飽きもせず再生していた。 『記録番号815。再生開始』 合成音声が響き、目の前にまばゆい光が…

『玻璃(はり)の食卓』

第一章 富山唯継(とみやまただつぐ)が、その妻・鴫沢宮(しぎさわみや)を娶(めと)りてより、早や二年(ふたとせ)の歳月が流れようとしていた。芝(しば)に構えた新宅は西洋建築の粋を集め、夜毎(よごと)に開かれる饗宴の灯りは…